本書がいかなる性格を有する書物であるかについては、著者自身が「はじめに」で次のように簡明に語ってくれている。
完璧な会社などないので、20代・30代の社会経験の浅い若い人たちが会社選びに迷うのは当然だ。だが、必要以上にこうした「青い鳥症候群」になってしまう原因は、自分のなかに会社選びの明確な基準軸をもち、必要な情報を集めたうえで、優先順位をつけられていないからである。
自分にとって大切なのはカネなのか、スキルアップなのか、休みなのか、職場環境なのか・・・。応募する側が、確固とした評価軸をもっていないから、企業側がばく大な資本力を背景に広告会社を使って打ちだしてくるウソのイメージ戦略にだまされ、情報操作され、軸もどんどんブレていく。そして、入社後に大きなギャップを感じて辞めたくなってしまう。
ようは「正しく迷え」ということである。本書は、その糧となるものを提供する。
・・・本書では、それら働く側からみた「企業を別個たらしめる要因」のなかから、より重要と思われる12個の基準軸をピックアップし、それぞれにおいて企業の本質を見破るための、分析的な考え方と、個別具体的な企業の情報を提示している。
・・・本書は、膨大な協力者のうえに成り立っている。取材先の9割以上は、20代・30代の現役社員で、残りは離職後1年以内の元社員だ。
・・・私の取材はすべて対面で、匿名を条件に2〜3時間ほどじっくりと話を聞く作業を、200人以上に対して行った。
・・・私の会社は、1000人を超える有料会員から売上げを立て、そこから取材費などを捻出している。したがって、企業とのしがらみが一切なく、完全にフリーの立場から、企業の本当のことを書ける。(pp.1-5)
「12個の基準軸」とは「転職力が身につくか」「やりたい仕事ができるか」「社員定着率は高いか」「英語力を活かせるか」「働く時間に納得できるか」「社員の人柄は自分に合っているか」「社内の人間関係は心地よいか」「女性は活用されているか」「報酬水準は高いか」「福利厚生は手厚いか」「評価に納得性はあるか」「雇用は安定しているか」である。現場で働く社員の生の声をこれら「12の基準軸」に沿って分類・整理している。
本書に登場する企業は以下の通り。名だたる大企業ばかりである。*1登場順に記すならば、リクルート、日本IBM、野村證券、ソニー、トヨタ、日産自動車、JTB、JAL、ANA、東京電力、東京ガス、NTT東日本、日本生命、富士通、NEC、日立製作所、キャノン、ベネッセ、マイクロソフト、三菱重工、三菱自動車、サントリー、フジテレビ、三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行、ホンダ、ライフコーポレーション、ローソン、フードエックス・グローブ、シティバンク、ゴールドマンサックス証券、三洋電機、三菱商事、三井物産、NTTデータ、キリンビール、アサヒビール、シャープ、電通、東京海上日動、JR東海、テレビ朝日、日本オラクル、日本経済新聞、読売新聞、損保ジャパン、楽天、NTTドコモ、ヤフー、日本ヒューレット・パッカード、ホテルオークラ、松下電器、ダイエー、資生堂、講談社、朝日新聞、小学館、集英社、マッキンゼー、産経新聞、花王、ライオン、伊勢丹、イオン、キーエンス、朝日放送、博報堂、住友商事、伊藤忠商事、ボストンコンサルティンググループ(BCG)、アクセンチュア、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS)、ベリングポイント、ヤフー、ライブドア、モルガンスタンレー証券、メリルリンチ日本証券、JPモルガン証券、サン・マイクロシステムズ・・・。同じ「大企業」の冠をかぶっていても、そのカルチャーには雲泥の違いがあることが、本書を読めばたちどころにわかる。
著者自身が日本経済新聞社の記者を27歳で辞めた経歴を有するせいか、新聞社をはじめ、放送局・出版といった「規制」業種への評価が超辛口である。規制に守られて利益が出て、会社が潰れない。デキない社員も定年まで高水準の窮余を享受し続けられる。「腐った業界」(p.254)とまで言う。他方、市場との連動性の高い「規制なし」業種で、自由闊達な組織風土を持つ企業への評価(具体的にはサントリーとリクルート)が非常に高い。長い目で見れば、どの業界でも規制は緩和される傾向にあるから、著者のこうした評価は妥当なものである。
個人的にいちばん印象に残ったのは、第6章「社員の人柄は自分にあってるか」である。規制業界と規制なし業界とでは、仕事の質も社員の人格も大きく異なる。規制産業であればあるほど、社内向けの資料作成など「内向き」の仕事に膨大な時間が費やされる。そのような仕事には付加価値がない。顧客のための仕事が上司のための仕事にすりかわっており、上司が顧客のようなものだ。当然のことながら、顧客価値とは関係のない派閥、根回し、体裁のよさなどが幅をきかせる組織風土になりやすい。そういうウェットな人間関係の処理が得意な人ほど上へ上へとのしあがりやすい。しかし、そのようなカルチャーは規制の賜物であって、市場の競争圧力にさらされるとひとたまりもないことは、入社前に肝に銘じておくべきである。
本書を通じて読者は「企業の“ウソ”を見破る技術」(本書のサブタイトル)を身につけることができるだろう。就職活動が終了してから読んでも決して無意味ではないが、できれば学生諸君には就職活動を開始する前(3回生夏ごろ)に読んでおいてもらいたい。
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- 作者: 渡邉正裕
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2007/02/23
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評価:★★★★☆
*1:文系出身者を主たる読者層と想定しているようで、理系比率の高い化学・製薬業界などは軽視・無視されている。そういう意味での偏りは否めない。