乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

2007-01-01から1年間の記事一覧

荒井千暁『職場はなぜ壊れるのか』

「産業医が見た人間関係の病理」という副題が付されている。産業医として職場を見つめ続けてきた立場から、成果主義が職場の人間関係にどれほど大きな軋轢をもたらすかを告発している・・・一見したところ、そのような内容の本に見える。しかし、じっくり読…

冷泉彰彦『「関係の空気」「場の空気」』

「空気」をキーワードとして展開される卓抜な日本文化論である。山本七平『空気の研究』に多くを依拠しつつも、日本語教師としての経験を活かして、「空気」の形成と日本語の特質(婉曲表現、略語・造語などの多用)との関連を深く掘り下げたことは、著者のオ…

加藤諦三『だれにでも「いい顔」をしてしまう人』

6期ゼミ生自らがテキストとして選んだもの。著者は有名な心理学者で、これまでも多くの一般向けエッセイを発表している。本書もそうした類いの一冊である。誰もが「嫌われたくない」「嫌われるのが怖い」という感情を持っているはずだ。しかし、自分を過度に…

香山リカ『〈じぶん〉を愛するということ』

今やワイドショーのコメンテーターとしても売れっ子の精神科医・香山リカさん。最近の香山さんの著作はすらすら読め進められるものが大半だが、8年前(1999年)に出版された本書は、香山さんの著作の中では比較的初期のもので、やや読みづらい部類に属する。*1…

つげ義春『無能の人・日の戯れ』

全体の半分以上を占める「無能の人」は、やることなすことがすべて裏目に出てしまう売れない中年漫画家と、彼に翻弄される家族を描いた連作。竹中直人監督・主演で映画化もされた(見ていないけど)。この漫画の好意的読者の大半は男性であるような気がする。…

堺屋太一『団塊の世代』

日本の戦後ベビーブーマー(1947〜49年生まれ)は「団塊の世代」と呼ばれるが、その名前の由来となったのが、ベストセラーとなった本書である。著者の堺屋太一は元通産官僚(1978年に退官)。本書が単行本として公刊されたのは1976年11月で、それに先立って1975…

小笹芳央『会社の品格』

某ベストセラーの二番煎じ、三番煎じのような書名のせいで、本書を手に取ることをためらう人も少なからずいるだろう。もしそうだとしたら、まことに不幸なことだ。新書・文庫の経営関係の本では、高橋伸夫『できる社員は「やり過ごす」 (日経ビジネス人文庫)…

野中郁次郎・勝見明『イノベーションの本質』

ゼミ・テキストとしてお世話になった『セブン-イレブンの「16歳からの経営学」』*1に先立つ、ジャーナリスト・勝見明と経営学者・野中郁次郎の(おそらく)最初のコラボレーション作品である。「DAKARA」「チョコエッグ」から「黒川温泉」や「千と千尋の神隠し…

菊池理夫『日本を甦らせる政治思想』

わが国において「コミュニタリアニズム」という政治思想は、最小国家を説く「リバタリアニズム」や市場(万能)主義を唱える「ネオリベラリズム」と比べると、十分に知られていないか、誤解され批判的に語られることがまだまだ多い。本書は、このような無理解…

野中郁次郎・紺野登『美徳の経営』

企業不祥事が多発するなか、企業倫理やCSR(企業の社会的責任)への関心が日増しに高まっている。本書は、来るべき新たな時代に求められる経営の資質を(共通善との一致を使命とする)「美徳」という概念によって、また、ビジネスリーダーの資質を(美徳を実践…

相原博之『キャラ化するニッポン』

本書を最初に通読した時の印象はあまり良いものではなかった。ヴァーチャルな世界がリアルな世界を呑みこみつつあるという認識それ自体は決して目新しいものではない。「アニメ」「オタク」「萌え」などの話題が絡んでいるところは今風であるが、そちらのほ…

野村総一郎『うつ病をなおす』

僕の周囲にうつ病の人が増えている。実際に増えているのか、「自分はうつ病だ」と公言しやすくなっただけなのか、どちらが真実に近いのか、僕にはわからない。両方とも真実なのかもしれない。友人・知人ばかりではない。10年も大学に勤務していると、「自分…

石井淳蔵『ブランド 価値の創造』

6期ゼミのテキスト(ゼミ生自身が選んだもの)として手に取った。現代社会の富の基本形態は、紅茶、石鹸、ティッシュ、カップ麺、シャンプーとかいった商品(マルクス『資本論』)というよりも、「リプトン」「アイヴォリー」「クリネックス」「カップヌードル」…

小野善康『不況のメカニズム』

著者は、ケインズ『一般理論』に真正面から向き合い、ケインズ自身の論理展開に潜む混乱や欠陥を指摘・修正しながら、新古典派の考え方では論理的にありえない「需要不足」の発生メカニズムを解き明かす。*1総需要は投資需要と消費需要から構成されるわけだ…

村上正邦・平野貞夫・筆坂秀世『参議院なんかいらない』

3人の元参議院議員による鼎談を記録したもの。本書の趣旨はタイトルとは正反対で、本当にいらないと言っているわけではなく、今のようなお粗末な参議院ならいらないと憤っているのである。3人は政治的・思想的立場を大きく異にしている(かつての所属政党はそ…

谷岡一郎『データはウソをつく』

札幌出張から帰る間際に札幌駅の書店で衝動買い。新千歳空港のロビーと空の上で一気に読み通す。本書は「ちくまプリマー新書」の一冊で、社会調査の考え方と具体的方法の基本を平易に解説したものだが、それにとどまらず、社会科学方法論・科学哲学への入門…

岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』

『ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)』を読んだついでに再読する。本書は長短様々な18本のエッセイと書評から構成されており、それらが「資本主義」(3本)、「貨幣と媒介」(5本)、「不均衡動学」(5本)、「書物」(5本)という4つのグループに分類・配列され…

シェイクスピア『ヴェニスの商人』

岡山出張(8月4・5日)を利用して、移動の新幹線の中とホテルのベッドの上で一気に読んだ。言わずと知れたシェイクスピアの代表作の一つであるが、本書に限らず光文社古典新訳文庫はどれもその流麗な訳文が素晴らしい。中山元訳のカント*1を初めて読んだ時、岩…

内山節『哲学の冒険』

かれこれ6年以上も続けているこの「乱読ノート」であるが、しばらく書かないでいると、書かないことが当たり前になってしまい、書くのが面倒くさく感じ始める。これは危険な兆候である。もちろん、僕が活字から離れた生活を送るなんてありえないわけで、ここ…

山崎正和『社交する人間』

グローバル化の進展によって、現代社会は「リスク社会」と呼ぶべき様相を呈してきている。「現代人の不安が未曾有の窮迫を告げているとすれば、これに対処できるのは狭義の社会政策ではなく、より根本的な人間の生きかたの修正しかない」(p.365)、つまり、社…

黒井千次『働くということ』

この「乱読ノート」でかつて扱ったことのある同名書籍*1の中で紹介されていたのが、本書を知ったきっかけである。その同名書籍が6期ゼミのテキストに決まったので、授業準備の副読本として読み始めた。現在作家として活躍している著者(その小説を読んだこと…

畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則』

失敗は必ずしも悪ではない。失敗しない方法を学ぶだけでは、新しいものを創造することはできない。失敗に正しく対応することで、失敗は創造的仕事のための格好のヒントとなりうる。そのような学問としての「失敗学」を提唱している著者がそのエッセンスを32…

鷲田清一『だれのための仕事』

現代日本を代表する哲学者(阪大次期総長)による労働論。本書の内容を僕なりにまとめるならば、以下のようになるだろうか。現代社会は、プロスペクティブ(前望的)な時間意識、および、効率性と生産性の論理が隅々まで深く浸透した《労働社会》である。わたし…

齋藤孝『スラムダンクな友情論』

井上雄彦のバスケットマンガ『スラムダンク』。著者自身が「心から惚れこんでいる」と告白し、「古典として読み継がれるべき作品」と断言までするこの名作マンガをはじめとして、古今東西の文学・マンガ・映画、さらには藤子不二雄ら実在の人物(有名人)のエ…

松下幸之助『若さに贈る』

5期ゼミのテキストとして読んだ。ゼミ生のM島さんとS井君が探してきた。本書は、「経営の神様」として名高い松下幸之助が、自身の経営哲学・仕事観を、苦悩の青少年時代を振り返りながら、これから社会に出て行く若者にやさしく語りかけたものである。彼が言…

トム・モリス『アリストテレスがGMを経営したら』

10年近く本棚に眠っていた。もっと早く手にとって読むべきだった。大いに後悔している。著者トム・モリスは、経営学から哲学・宗教へと転じ、また経営学の世界へと戻ってきた異色の経歴を有する。本書はビジネスと人生のポジティブな関係――企業のエクセレン…

茂木健一郎・田中洋『欲望解剖』

「欲望とマーケティング」をテーマに、売れっ子脳科学者(茂木)の論考が第1章に、元電通マン(田中)の論考(エッセイと呼ぶほうが正確かもしれない)が第2章に、両者による対談が第3章に収めている。150ページにも満たない小著であり、文体も平易。専門用語には…

日本経済新聞社編『働くということ』

2003年4月から2004年8月まで日本経済新聞紙上で連載された「働くということ」を、加筆・修正・再構成を施して一冊の本としてまとめたものである。豊かな社会に突入した日本では、「生活の糧を得るため」という旧来の労働観は過去のものになってしまった。働…

東郷正延『ロシア語のすすめ』

中澤英彦『はじめてのロシア語』 *1の旧バージョンと言えばよいだろうか。同じ講談社現代新書のラインアップ中の一冊である。amazon.co.jpには肯定的な評価が一つ載せられているが、僕にとって1966年初版の本書はさすがに古すぎた。旧ソ連時代の話題が含まれ…

伊豫谷登士翁『グローバリゼーションとは何か』

現代はグローバリゼーションの時代だとしばしば言われるが、いざこの語の意味の説明を求められれば、誰しも戸惑うのではないだろうか。実際、この語の意味するところはあまりに多様かつ錯綜しており、何らかの共通了解が論者の間に存するわけではない。本書…