乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

加藤諦三『だれにでも「いい顔」をしてしまう人』

6期ゼミ生自らがテキストとして選んだもの。著者は有名な心理学者で、これまでも多くの一般向けエッセイを発表している。本書もそうした類いの一冊である。

誰もが「嫌われたくない」「嫌われるのが怖い」という感情を持っているはずだ。しかし、自分を過度に殺して周囲に迎合してばかりいると、トラブルを起こしやすくなるし、時として神経症といった病にまで発展してしまう。このような「嫌われたくない症候群」の人の心理を分析し、それをどう乗り越えるかを考えようとしたのが本書である。

一文が短く、繰り返しも多いので、たいへん読みやすい。*1「これはまさしく自分のことを言っている!」と手を叩いて共感する読者も多いことだろう。しかし、「嫌われたくない」という恐怖心の原因を愛情飢餓感に求め、それが幼少期に親から注がれた愛情の少なさ(敵意に満ちた人間環境の中で成長したこと)に起因すると一元的に断じてしまうのは、ちょっと極端にすぎないか? ゼミ生からもこの点をめぐっては異論が出た。「愛情関係の欠乏が(社会的な)役割関係によってかなりの程度補いうることを著者は見落としていないか」と。

本書の心理分析を鵜呑みにする読者は、「自分がこうなってしまったのは親のせい」という判断に至り、「かわいそうな私」の物語を作って(時には捏造して)親を責めるかもしれない。それは香山リカさんが『〈じぶん〉を愛するということ』の第2章で警告していた(拡張された)「アダルト・チルドレン」概念の功罪の「罪」の部分にあたる。もっとも、著者は「「嫌われてもよい」と思えば幸せになれる」と読者を激励しているので、こうした「罪」の部分をあえて指摘するのは、読み込みすぎ(言いがかり)かもしれないが。

心理学系の本の評価は難しい。「よくできた面白いお話」以上の「論理的な何か」が含まれていないと、少なくとも僕は説得されない。「占いとどこが違うんだ?」って思ってしまうのだ。

評価:★★☆☆☆

*1:改行がやたらと多い。段落意識が希薄なので、口述筆記なのかもしれない。