乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

2010-01-01から1年間の記事一覧

産経新聞取材班『総括せよ!さらば革命的世代』

学生運動、とりわけ1968〜9年に最盛期を迎えた全共闘運動には、昔から強い関心を持っている。理由はいろいろだが、第1には、自分が1968年生まれであることが大きい。自分が生まれた頃に起こった出来事は、たとえ記憶に残っていなくても、その時代の空気を吸…

J. S. ミル『ミル自伝』

ジョン・ステュアート・ ミル(1806-73)は、19世紀イギリスの代表的思想家。百科全書的にあらゆる分野の知識に通暁した「普遍的知識人」として、『論理学体系』『経済学原理』『自由論』『功利主義論』『代議制統治論』『女性の隷属』などの多くの著作を残…

小島寛之『完全独習 統計学入門』

すでにレヴューした飯田泰之『考える技術としての統計学』*1で絶賛されていたので読んでみることにした。タイトルに偽りなし。これ以上望みようがないほど丁寧に説明がなされているので、独力で読み進めることができる。統計学という学問分野の性格上、数字…

西永良成『「超」フランス語入門』

2009年3月27日の日記*1にこう書いた。 新しい研究テーマとして今のところ以下の2つを考えている。1つは、フランツ・アントン・メスメル(ウィーン出身の医師で、催眠術によって神経症の治療を行ったことで有名)の生涯と思想を、フランス革命思想およびイギ…

飯田泰之『考える技術としての統計学』

バーク&マルサスについての研究書をまとめてから早いもので1年半が過ぎようとしている。この最初の単著では「保守主義」を切り口として両者の経済思想を統一的に把握しようと努めたが、これから先も同じ切り口で研究を続けたところで、生産性は低下していく…

マッド・アマノ『マッド・アマノの「謝罪の品格」』

著者はパロディ写真作家。 写真週刊誌『FOCUS』(新潮社、廃刊)の連載「狂告の時代」で広く知られる。本書はそんな著者が12年前から収集してきた300件超の「頭下げ(謝罪)会見」の写真入り新聞記事のコレクションの中から興味深い記事を厳選し、自身のコメ…

ミルトン・フリードマン『資本主義と自由』

新自由主義(市場原理主義)のバイブルとして名高いフリードマンの主著の新訳。自由市場の利点を様々な角度から解き明かし、国家権力(政府)の市場への恣意的な介入を厳しく批判している。本書(初版)の公刊は1962年だが、「まえがき」によれば、本書のも…

岩崎夏海『もしも高校野球の女子マネージャードラッカーの『マネジメント』を読んだら』

今では知らない人がいないであろう100万部突破のベストセラー。8期(4回生)ゼミのテキストとして選んだ時点では、まさかここまでの大ヒットになるとは想像だにしなかった。その内容は、タイトルから予想できるように、高校野球の女子マネージャーがたまたま…

神野直彦『「分かち合い」の経済学』

スウェーデン語の「オムソーリ」は「社会サービス」を意味するが、その原義は「悲しみの分かち合い」である。著者によれば、この「オムソーリ」という言葉を導きの糸として、日本社会をヴィジョンを描くことが本書の目的であるとのこと。同じ著者の『地域再…

ミル『自由論』

思想史上に燦然と輝く不滅の大古典(原著1859年)の新訳。岩波文庫の訳文(塩尻・木村訳)と比較して、岩波側に軍配をあげる読者はほとんどいないのではないか? そう思えるくらいに、この新しい訳文は流麗で親しみやすい。本書に表明されている自由観のうち…

西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』

漫画家・西原理恵子さんが自らの半生を「お金」についての思索とともに綴ったエッセイ。中高生向け新書「よりみちパン!セ」シリーズの一冊として公刊された。*1高知県の貧しい漁師町に生まれ、複雑な家庭事情のもとで育った著者は、高校中退後、大好きな絵…

烏賀陽弘道『Jポップとは何か』

8期ゼミのテキスト。HYSさんが選んでくれた。ヴォーカル・トレーニングを受けている彼女は大好きな音楽をテーマとした卒論を書きたいようで、その予備的作業として本書に基づく報告を行おうと思い至ったらしい。音楽(聞く・演奏する)を趣味にしているゼミ…

小山信康『貯金のできる人できない人』

9期ゼミのテキスト。T田さんの選定。無駄遣いを減らすためには、何が無駄なのかを発見する必要がある。本書は「無駄遣いを減らすために日々の支出を記録(レコーディング)してみよう」と提言し、そのための具体的なノウハウを解説している。レコーディング…

國森康弘『家族を看取る』

「死」と「お金」をテーマとする9期ゼミの最初のテキスト。本書は、フリーのフォトジャーナリスト(元神戸新聞記者)である著者が、日本海の離島(島根県知夫里(ちぶり)島)で高齢者に手厚いターミナルケアをほどこす養護施設「なごみの里」を取材し、「幸…

神野直彦『地域再生の経済学』

ちょうど1年前の今頃、同僚SB先生(地域経済学)の学部ゼミで「地方工業都市の現状と課題」(卒論テーマ)について研究していたN本君を、ひょんなことから自分の院ゼミ生として受け入れることになった。以来、修論指導の関係で、地域経済学と(自分の専門で…

立岩真也・尾藤廣喜・岡本厚『生存権』

大学院時代の恩師の一人である中村健吾先生が編者を務められた社会思想史の教科書『古典から読み解く社会思想史』(ミネルヴァ書房)に、僕は「人間の権利は存在するのか?――バーク、ペイン」(第2章)と題する論考を寄稿した。*1「人権をテーマとした章を書…

香内三郎『ベストセラーの読まれ方』

著者はマス・コミュニケーション史を専攻する元東大教授。2006年2月に74歳で逝去。本書は近世・近代イギリス社会における活字メディアを主題とする。ジョン・フォックス『殉教者の本』、ロバァト・バートン『憂鬱の解剖』、スウィフト『ガリヴァー旅行記』、…

桑原耕司『社員が進んで働くしくみ』

岐阜県に本社を置く中堅ゼネコン(1988年創業、社員数約140名)「希望社」。本社ビルの正面には「談合しない。(21世紀型建設業)」と書かれた大きな垂れ幕が下がっている。著者は、「建築主に良い建築を安く提供する」という理念を実現するために、大手ゼネ…

城山三郎『彼も人の子 ナポレオン』

ナポレオンの生涯を描いた中編の評伝である。「あとがき」によれば、著者はナポレオンを「神の子」や「時代の子」として描くことに興味はなかった。「かねて気になる存在」であったこの人物の、「正体まで行かなくとも、ちらっとでも素顔を見てみたい」(pp.…

佐野眞一『東電OL殺人事件』

渋谷区円山町のラブホテル街に隣接したアパートの一室で、39歳の女性が絞殺された。このニュースが世間の興味を惹いたのは、被害者が慶応大卒業後に東京電力に入社するエリートコースを歩んでおり、殺害された当時には管理職の地位にあったにもかかわらず、…

三浦耕喜『ヒトラーの特攻隊』

新聞記者である大親友の初めての著書であり、ベルリン支局特派員時代の仕事の果実である。刊行直後に一度読んでいるが、このたび再読してみた。ナチス政権下のドイツにも日本の「カミカゼ」に類似した特攻隊組織が存在した。本国ドイツでも知られることの少…

相原茂『はじめての中国語』

タイトル通り、中国語の入門書である。新書サイズなので、網羅的でありえないが、実に簡にして要領を得た入門書にできあがっている。ロングセラーになるわけだ。十数年前、相原先生ご担当の「ラジオ中国語講座」を熱心に聴講した。そのかいあってか、文字か…

松尾理也『ルート66をゆく』

本書は、産経新聞外信部記者が、ルート66と呼ばれるシカゴからロサンゼルスまで通じる有名な道路を旅しながら、「ハートランド」と呼ばれる中西部の「保守」地域に暮らす人々の生の声をレポートしたものである。保守思想を研究してかれこれ20年近くになるが…

根井雅弘『市場主義のたそがれ』

来年度の「経済学説史」講義では、「新自由主義(ネオリベラリズム)」を主題として講じる予定である。必然的にミルトン・フリードマンをキー・パーソンの一人として採りあげることになるので、予習を兼ねて読んでみた。本書はフリードマンの経済学説の解説…

有森隆+グループK『「小泉規制改革」を利権にした男 宮内義彦』

宮内義彦・オリックス会長は、海部・細川・村山・橋本・小泉の各政権において、規制緩和を促進するための政府の委員会に関わり、歴代内閣の規制緩和の指南役を務めてきた。とりわけ、小泉政権においては、竹中平蔵と並んで、日本全体の規制緩和の総指揮官と…

江上剛『非情銀行』

周知のように、バブル経済の崩壊以後、わが国の大手銀行は生き残りをかけて巨大合併へとひた走った。いわゆるメガバンクの誕生である。本書はこの時代の大手銀行の闇を題材とした小説である。表向きはフィクションということになっている。しかし、著者は、…

中野雅至『「天下り」とは何か』

自力(公募)で大学教員に転身した元厚労省キャリア官僚による「天下り」解説書。著者は、天下りの問題点を十分に認識しつつも、それが一定の合理性を伴って形成され存続してきた制度である以上、簡単になくすことができない、と主張する。この主張が本書の…

西部邁『保守思想のための39章』

西部氏は僕の思想形成に最も大きな影響を与えた知識人の一人である。学部学生時代、『経済倫理学序説』『大衆への反逆』『貧困なる過剰』『新・学問論』『生まじめな戯れ』といった著作を貪るように読んだ。そして、大学院の指導教員として西部門下の佐藤光…

清水昭男・広岡球志『マンガ なぜ巨大企業はウソをついたのか?』

かつて売上高で全米第7位を誇った世界有数のエネルギー企業エンロンは、2001年12月に634億ドルもの負債を抱えて破綻した。本書はこの大企業の膨張と破綻のプロセスをわかりやすく(マンガなので当然だが)描き出している。投機的な取引に失敗し、損失を連結…

佐藤健志『本格保守宣言』

もっと高い評価が与えられるべき本、もっと話題になってよい本だと思う。Amazon.co.jpに読者レヴューが3本寄せられているが、いずれも本書にきわめて低い評価しか与えていない。とても残念だ。かれこれ20年近く「近代保守主義の祖」バークの研究をしてきた立…