乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

西永良成『「超」フランス語入門』

2009年3月27日の日記*1にこう書いた。

新しい研究テーマとして今のところ以下の2つを考えている。

1つは、フランツ・アントン・メスメル(ウィーン出身の医師で、催眠術によって神経症の治療を行ったことで有名)の生涯と思想を、フランス革命思想およびイギリス保守思想との関係から考察してみること。もう1つは、中国においてマルサスの人口思想が果たした役割を、馬寅初(「中国のマルサス」と呼ばれた経済学者)の生涯と思想を手掛かりとして思想史的に跡付けてみること。どちらもまだ着手していないので想像の域を出ないけれども、フランス革命期のイギリス思想を研究したからこそ新しい光を当てられるテーマだと思う。

2009年度は、そのための基礎学力を鍛えるために、フランス語と中国語の勉強に力を注ぎたい。さしあたり、4月から某公共放送の語学講座を始めるつもりだ。フランス語のほうは、まったくの初心者と言ってよい。これまで3度ほどチャレンジしているが、いずれも肌に合わず1か月ほどで挫折した。今回こそリベンジなるか

こう書いてから1年半が過ぎた。語学講座は今でも視聴し続けているが、中国語と比べるとフランス語のほうの進捗状況はイマイチで、中国語のように基礎知識を仕入れていないだけに、こま切れの時間での勉強に限界を感じていた。まとまった時間で一気呵成に勉強する必要性を感じていた。

そんな折り、この夏は研究室が研究棟の耐震補強工事のために利用できず、自宅メインで仕事を進めることを余儀なくされた。自宅には研究用文献をまったく置いていないので、自分の専門である経済思想史の研究を進めることは不可能だ。たいへん困ったが、どうせならこの不便さを逆手にとって、フランス語を集中的に勉強しようと思い至った。語学の勉強ならば、場所の制約は受けない。テキストと辞書(と音声再生装置)さえあれば、どこでも勉強できる。

そこでテキストとして選んだのが本書である。amazon.co.jpのレヴューでも、非常に高い評価を獲得している。「独学におすすめ」「まるで授業を受けているよう」「フランス語入門の基礎の基礎。それだけに内容は簡単。だけど簡単だからといって馬鹿にはできない。 」「全体によくまとまっていて初級から中級の人までひろく使える本だと思います。 」等々。実際に使って(通読して)みたところ、まさしく評判通りの好著であった。

本書はとことん考え抜かれた入門書である。新書サイズの大きさしかないが、単なる「お役立ちフレーズ集」などではない。理屈抜きで覚えたい挨拶や日常会話から始まっているが、決して理屈を軽視しているわけではなく、むしろ逆で、文法解説はきわめて丁寧である。重要な語句やフレーズは「これでもか」とばかりに繰り返し登場する。文法解説も繰り返しが多い。繰り返しが知識の定着を促進してくれる。教材となる文章の配列が絶妙である。実用性を重んじつつも、後半ではシャンソンの歌詞や歴史上の偉人の名文句なども登場し、教養性も軽視されていない。発音がカナ表記なのもありがたい。初心者が躓きやすい箇所は著者にはすべてお見通しである。これがわずか200ページほどの新書サイズに収まっている。奇跡的な一冊だ。

これまで幾度も挑戦しては挫折してきたフランス語だが、このたびようやく入門書を初めて最後まで通読できた。フランス語の勘どころのようなものがようやく身についた気がする。今後フランス語を読む際には必ず本書を横に置いているはずだ。

誤植・誤記を1つ発見した。156ページ下から2行目。アクサンの入力方法がイマイチよくわからない。
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「超」フランス語入門―その美しさと愉しみ (中公新書)

「超」フランス語入門―その美しさと愉しみ (中公新書)

評価:★★★★★