乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

2005-01-01から1年間の記事一覧

藤田健治『ニーチェ』

初版が公刊されたのは1970年。すでに35年以上もの年月が流れている。しかし本書の価値はまったく減じておらず、むしろ高まりさえしている気がする。ニーチェ思想を孤立的に概説するにとどまらず、それを反ヘーゲル的思想潮流(シェリング→ショーペンハウア→ワ…

土井隆義『「個性」を煽られる子どもたち』

70ページ程度の小冊子だが、「現代子ども・若者学原論」と呼びうるほどの重厚な内容を誇っている。12月15日、5期(2回生)ゼミのテキストとして用いたが、ゼミ生の評判も良好だった。僕としても、これまで読んだすべてのブックレットの中で最高のもの、と断言…

ニーチェ『道徳の系譜』

2005年度後期「キノハチ研究会(哲学古典読書会)」においてゼミ生4名と輪読、本日読了。19世紀後半に活躍したドイツの哲学者ニーチェの『ツァラトゥストラ』と並ぶ代表作。序言と3論文――第1論文「「善と悪」・「よいとわるい」」、第2論文「「負い目」・「良…

小浜逸郎『大人への条件』

2005年度4期ゼミ最後のテキスト。報告予定者M君から「子どもと大人の境界線はどこにあるのかをテーマに報告したい」との相談があったので、いくつかの新書を僕から紹介したところ、彼は本書を選んだ。報告それ自体はお世辞にもほめられたものではなかったが…

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯Ⅱ』

Ⅱ巻に入ると、本書は探検記としての性格をいっそう希薄化させていく。章を追うごとに、著者自身の意識の流れを描写する叙述の比重が増えていく。「根源に遡ること」(p.416)が民族学者の常なる野望だと考え、「野蛮の極点にまで到達したいと望」(p.263)む著者…

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯Ⅰ』

久々の「乱読ノート」アップデート。11月は関大着任以来最高レベルの忙しさで、自由な読書をまったくしていない。今日とりあげる『悲しき熱帯』も、大学院(&番外ゼミ)のテキストとして読んだものだ。現代思想に少しでも興味のある人なら、レヴィ=ストロース…

トマス・ペイン『人間の権利』

京大・田中ゼミの後輩の院生から「(「乱読ノート」で)経済学・哲学古典や専門的研究書をたまには取り上げてくださいよ」と言われることがある。たしかに「乱読ノート」で読んだ本のすべてを取り上げているわけではない。研究のために読んだ古典や専門書は基…

堀尾輝久『人権としての教育』

新規担当科目「経済学特殊講義2(人権・教育・市場)」の講義ノート作成のために読んだ。この「特講2」はもともと人権問題を講じる科目なのだが、かつては工業経済学のTさんが恒常的な担当者で、部落産業との関連で講義されていた。一昨年度末にTさんが定年退…

辻信一『スロー・イズ・ビューティフル』

著者は文化人類学者。「スロー」をキーワードに、「効率性(スピード)」に象徴される現代社会に抗するライフスタイル――「低エネルギー・共生・循環型・平和非暴力のスローでビューティフルなライフスタイル」(p.242)――を模索している。本書がそのタイトルをも…

山田太一『異人たちとの夏』

先日読み終えたばかりの広井良典『ケアを問いなおす』で紹介されていたファンタジー(orホラー)小説。広井さんによれば、哲学的意味におけるターミナルケアとは、「たましいの帰っていく場所」としての「深層の時間」をともに確かめる営みである。そして、我…

藤野美奈子・西研『不美人論』

かつて上原専禄はまだ学部生だった愛弟子・阿部謹也に「(卒論は)どんなテーマでもかまわない」が「どんな問題をやるにせよ、それをやらなければ生きてゆけないというテーマを探すのですね」とアドバイスした。阿部『自分のなかに歴史を読む』の12-3ページに…

森岡孝二『粉飾決算』

70ページに満たないブックレットなので、一、二時間もあれば読み終えることができる。森岡さんの新著『働きすぎの時代』の書評を準備中なので、その関係で手に取った。森岡さんは現代資本主義と日本の企業システムに関する理論的な著作・翻訳を数多くものし…

広井良典『ケアを問いなおす』

4期ゼミの後期最初のテキスト。N君が選定。コンパクトなボディに似つかわしくない重厚な内容だ。3度読んだが読み返すたびに新しい発見があった。「老人ケア」「ターミナルケア」等々、今や「ケア」という言葉は日常の様々な場面で用いられており、超高齢化社…

永井均『ルサンチマンの哲学』

後期の「キノハチ研究会」*1でニーチェ『道徳の系譜』を読むことになっている。また、後期の4期ゼミでは宗教論を扱う予定だ。その準備として本書を手に取った。永井さんの本はしっくりくる時とこない時の差が大きい。『〈子ども〉のための哲学』は前者で、読…

見田宗介『現代社会の理論』

本書は名著としての評価をすでに確立している。amazon.co.jp のカスタマーレビューは5つ星(5点満点中4.75点)。同僚のMさん、Uさんからも本書に対する高い評価を聞いたことがある。かつてUさんは本書を基礎演習(1回生配当)のテキストとして使用されたとのこと…

三枝誠『整体的生活術』

整体に通いだしてから2ヶ月半。僕の生活は大きく変わった。身体が軽く楽に感じるようになっただけではない。世界の感じ方そのものが変わった。食べる、飲む、歩く、寝る、排泄するといった日常の当たり前の所作の一つ一つが、すごく大きな意味を帯び始めるよ…

リチャード・セネット『それでも新資本主義についていくか』

買ってから5年半も本棚で眠っていた。森岡さんの新著を読んで、この本のことを思い出し、遅まきながら読むことにした。原書は『人間性の腐食:新資本主義における労働の個人的帰結(The Corrosion of Character: The Personal Consequence of Work in the New…

広田照幸『教育不信と教育依存の時代』

広田照幸(東京大学大学院教育学研究科助教授、教育社会学・社会史専攻)さんは僕が最近もっとも注目・期待している研究者の一人だ。衒学趣味に走らない明快な論理と文体。それでいて彼の教育論は常に啓発的で挑戦的だ。しかもそれが地味な歴史研究に支えられ…

森岡孝二『働きすぎの時代』

同僚の森岡さんの新著。今日は脳みそが元気だったので、一日で一気に読み通すことができた。今や、「世界でもっとも豊かな(はずの)国」アメリカでも、「ゆったりと時間が流れる(はずの)国」イギリスでも、日本に劣らず過重労働や過労死が問題となっている。…

小川洋子『博士の愛した数式』

昨年のベストセラー*1を遅ればせながら今ごろになって読む。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を読んでいる時、自分と数字・数学との関わりに考えが及び、本書を思い出した。突発的に読みたくなった。家政婦として働く未婚の母の「私」。彼女の息子でタイ…

山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』

今年3月に買っていたが、そのまま本棚に眠っていた。しかし、目下ベストセラー街道をばく進中。ついに100万部を突破。*1整体の先生も読んでいた。これだけ話題になっている以上、読まないわけにはいかなくなってきた。東京出張の際、新幹線の中で読んだ。公…

なだいなだ『神、この人間的なるもの』

著者は精神科医。無神論者であるB(著者)と、同じく精神科医でカトリック信者である大学時代の友人Tとの対話という形式をとっている。単純に読み物としておもしろいし、今まで読んだ宗教論の中ではいちばん共感できる内容だ。本書の核心をなすのは、以下の…

廣松渉『今こそマルクスを読み返す』

著者曰く、「本書は著者のマルクス研究のうち重要な部面のエッセンスをコンパクトにまとめたもの」(p.270)で、「学界・研究者たちのあいだで進行しつつある「読み返し」の一端を披露することによって、鞏固な既成観念となっている俗流的な“マルクスの思想”像…

橋本治『宗教なんかこわくない!』

4期生O君が、後期のゼミは「宗教」をテーマにやってみたい、と言っている。テキストに使えそうないい本はないものか、と書店を物色中にたまたま見つけたのが本書だ。オウム真理教事件を素材に日本人にとっての宗教の意味、とりわけ「なぜ日本人は宗教を恐れ…