乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』

今年3月に買っていたが、そのまま本棚に眠っていた。しかし、目下ベストセラー街道をばく進中。ついに100万部を突破。*1整体の先生も読んでいた。これだけ話題になっている以上、読まないわけにはいかなくなってきた。東京出張の際、新幹線の中で読んだ。

公認会計士による会計学の入門書。著者(1976年生、僕より8歳も若い!)は本書の執筆スタンス*2を次のように述べている。

・・・まずは会計そのものに興味をもってもらい、その本質を大まかにつかんでもらうことこそが、本当の「会計の入門」になるのではないか・・・。
今回「新書」というジャンルで会計の入門書を出すにあたり、私は新たな決心をしました。
「本当の会計入門書を作るために、会計の常識からいったん離れよう」と。
そして、今回、次のルールを自分に課しました。
・日常の気になる疑問から話をはじめる
・会計の説明も教科書的な順番を取らない
・生活でも役立つような身近な知識も入れる
その結果、最初に生まれた「日常の気になる疑問」が、本のタイトルである「さおだけ屋はなぜ潰れないか?」です。
本書はこうした身近な疑問についての謎解きを通して、
①会計の本質を大まかにつかんでもらう
②苦手意識をなくして、身近なものとして会計を使ってもらう
ということを目的にしています。(pp.5-6)

著者の目論見は見事なまでに成功している。「日常の気になる疑問」は、さおだけ屋にとどまらない。お客が出入りしている様子がまるでないベッドタウンの高級フランス料理店。在庫だらけの自然食品店。これらは「なぜ潰れないのか?」こうした素朴な疑問から話が始まっているので、読者は会計を生活に密着した身近なものとして感じることができる。読者が会計に対する警戒心を解いた頃を見計らって、おもむろに「利益」「連結経営」「機会損失」「回転率」「キャッシュ・フロー」といった会計の重要概念が登場する。その説明はすこぶる懇切丁寧だ。しかし、著者が伝えたいのは概念ではなく、あくまで①「会計の本質」なのだ。それを決して忘れていないのが、本書の素晴らしいところだ。

《会計の本質的な考え方》とは、目に見えないものを具体的な数字にして見えるようにする(「利益」「機械損失」など)、つなげたり違った角度から見たりして物事をシンプルにわかりやすくする(「連結」「回転率」など)――といった考え方のことです。(p.207)

見事だ。初学者が「どこで」「なぜ」躓くのかを知り抜いている。著者は会計と出会ってまだ5年とのこと。それでいてこんな本が書けるなんて、ただただ脱帽だ。大学の教壇に立ってもらいたいくらいだ。きっと魅力的な授業をしてくれることだろう。私立大学の場合、経済学部生の大半は経済学を学ぶために(あるいは経済学に興味があって)経済学部に入学してきたわけではない。併願受験して合格した大学・学部のうち、いちばん社会的評価が高い(高そうな)大学・学部にたまたま入学したにすぎない。受験型を私立文系と定めた段階で数学から背を向けてしまっている。だから、経済学部に入学したばかりの学生に対しては、まさに本書の方法に倣って、経済や数字への興味を育むことが先決ではないか?前々から思っていたことであるが、本書を読んでその感をますます強くした。

ちなみに、エピソード7「数字のセンス」は、私立文系学生の数字アレルギーを緩和するためのすぐれたワクチンだ。*3数字アレルギーの学生諸君、騙されたと思って本書を読むべし。

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)

評価:★★★★★

*1:http://www.asahi.com/culture/update/0907/013.html

*2:僕のHP内の「落ちこぼれ経済学部生のための本棚」は、著者とほとんど同じスタンスで書かれている。

*3:ここからどうやって微分や数列の世界へ架橋するかが難題だけれど。