新書サイズの日本経済論の概説書・入門書で、1回生配当科目「日本経済入門」のテキストとして使用した。以下のような全12章から構成され、前半(第5章まで)が主として経済史に、後半(第6章から)が主として現状分析と政策提言に充てられている。
- 序章 日本経済への視角
- 第1章 日本経済の歩み――明治から戦後復興まで
- 第2章 高度経済成長
- 第3章 1970年代の日本経済
- 第4章 1980年代の日本経済
- 第5章 バブル崩壊以後の日本経済――1990〜2006
- 第6章 国際経済関係
- 第7章 日本の産業
- 第8章 日本の企業経営
- 第9章 日本の雇用と職場
- 第10章 日本の財政と社会保障
- 第11章 日本の金融
日本経済に対する著者の基本的視座は、以下の引用の中に端的に表明されているように思われる。
・・・本書は次のように主張している。高度成長期までは、多少の問題点は所得の急速な増加が飲み込んでしまうから、こまかいことはいわず、とにかく拡大するのが正解という時代だった。そこから卒業して社会を組み換えるべき段階にきたものの、だいぶ遅延してしまった。いまや、権限と責任、受益と負担の根拠が納得ずくとガラス張りのもとに定められ運営されるしくみ、そのうえで合理的な助け合いのネットワークを張ったしくみに早急に組み換えないと、社会はもたない。(pp.ii-iii)
経済思想史を専門とする僕は、どちらかと言えば、経済学的思考よりも歴史的思考のほうに馴染みが深い。現状の問題点を解説するにあたっても、その問題点を生み出した歴史的経緯をたどることが思考上の習性になっているので、本書のような構成は教える上でたいへんありがたかった。歴史的経緯を説明するための膨大なプリントを作成せずにすんだので。*1
本書を日本経済の概説書・入門書として読む場合、いちばん高く評価したいのは、世間に流布している俗説(有害な常識)を正すことに、相当な努力が払われていることである。「貿易黒字・赤字は国の勝ち・負けではない」「中国経済の躍進によって日本経済が空洞化することはありえない」「日本はすでに十分に小さな政府であり、国際的に見た場合、国民負担率も公務員人件費も低い」といった正しい知識を、論理とデータによって説得的に示そうとしている。
もちろん、本書には弱点もある。分担執筆ではなく単独執筆なので、著者の専門領域や興味関心がどうしても前面に押し出される。金融(含国際金融)に強いぶん、相対的に金融以外の産業が弱い。第11章第2節の金融政策論争は、トピックとして細かすぎるように思えるし、しかも2ページほどで説明しようとするものだから、叙述が圧縮されすぎて、素人が理解できる文章になっていない。他方、第7章には十数ページしか費やされておらず、他章と比べてダントツに短い。
著者は「まえがき」で「経済学者の主張といえば、「何より効率と競争力が大事」・・・といったことだとお思いの方が多いのではないか。しかしこれが経済学だと思われては困る。メディア論壇の主流は偏向しており、本当の経済学はもっと懐が深いものだ、といいたい」(p.ii)と熱いメッセージを残しているが、そんな著者の面目がいちばん躍如しているのは、「官から民へ」の盲点(p.257以下)、および、助け合いの効率性(p.272以下)を説いた件であろう。
良書である。
- 作者: 伊藤修
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/05/01
- メディア: 新書
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評価:★★★★☆
*1:著者は中村隆英門下らしいので(p.42)、歴史的な叙述が充実しているのは当たり前だとも言えるが。