乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

國廣正・五味祐子『なぜ企業不祥事は、なくならないのか』

コンプライアンス(法令順守)経営およびCSR(企業の社会的責任)経営に関する入門書としては、現時点での決定版と言えるのではないか。それほどまでに素晴らしい内容を誇っている。

二人の著者は企業法務を専門とする弁護士として、数多くの企業不祥事の解決に携わってきた。そうした実務経験を踏まえて、コンプライアンスおよびCSRの基本的な考え方を理屈ではなく数多くの実例を通じて明らかにしている。

私たちがこの本で試みたのは次の三点である。
(1) 「コンプライアンスか利益追求か」という不毛の二者択一的思考に迷い込み、コンプライアンスがタテマエになってしまうという「現状を打破」すること
(2) 「危機に立ち向かう」能動的なコンプライアンスを提示すること。
(3) 「コンプライアンスは企業利益につながる」という将来像を示すこと。(pp.278-9)

著者の一人(國廣)が山一證券の顧問弁護士だっただけに、同社が飛ばし問題から経営破綻に至ったプロセスの叙述はひときわ臨場感に満ちているし、そこからコンプライアンスの「いろは」を説得的に導き出す手腕は「見事」のひと言に尽きる。

今は亡き大阪近鉄バファローズの大ファンだった僕は、「プロ野球の球団合併問題とコンプライアンスとの関係について論じた件(p.32f)をとりわけ興味深く読んだ。また、CSRの本質を説くにあたり、地球や日本社会をステーク・ホルダー(利害関係者)に含めるばかりでなく、途上国の住民や未来の人類といった発言力の小さいステーク・ホルダー*1との関係にまで言及している点(p.265f)に、大いなる希望と感動を覚えた。

ひとくちメモ(基本語句説明)が充実している。随所に挿入されたコラムもたいへん面白い。そして何より、日本企業にコンプライアンスを根付かせ、日本社会を元気にしたいという著者の溢れんばかりの情熱が、読み手の胸を打つ。

これを読まずして何を読む。そんな一冊である。

なぜ企業不祥事は、なくならないのか―危機に立ち向かうコンプライアンス

なぜ企業不祥事は、なくならないのか―危機に立ち向かうコンプライアンス

評価:★★★★★

*1:cf.「・・・想像力を欠如させているとみえないところにいる二種類の「異質な他者」――開発途上国の人々と遠い未来の世代――を、日本の教育学の中にどう組み込むか・・・。開発途上国の人々を含めた人々との財やチャンスの再配分をどうするかという問題や、未来世代との再配分との問題に対して、教育学が何をできるのかを考えてみる必要がある」(広田照幸『教育』p.81)。