乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

松原隆一郎『失われた景観』

僕は(エドマンド・バークに代表される)西洋保守思想を(経済思想史との関わりで)かれこれ十数年にわたって研究してきた。しかし、いざ「なぜ保守思想を研究するのですか?」「保守思想のどこに惹かれるのですか?」と問われると、答えに窮するところがあった。あまりにも多くの興味・関心が絡まっていて、簡単に解きほぐせそうになかった。裏を返せば、それは、自分自身の研究の核を自覚できていなかった、ということでもあった。単著を準備する過程で、政策的な次元では「漸進的改革論」がその核にあたることを自覚するにいたったが、哲学・理論的な次元では何が核にあたるのか、なかなか自覚できずにいた。本書は、僕にその核を自覚させてくれたという意味で、忘れ難い一冊になった。

本書は、戦後日本における日常景観の荒廃について、4つの事例――郊外ロードサイド・ショップ(第1章)、神戸市(第2章)、真鶴町(第3章)、電線類地中化問題(第4章)――を取り上げて、社会経済学の観点から考察している。

著者は、開発優先の土地利用に抗して日常景観を守る理論的根拠として、K・ポランニーの土地商品化フィクション説やJ・ロックの所有権思想などを援用しつつ、「日常景観とはそこに住む人々の人格・個性の一部であり、彼らの生の豊かさを根本から規定している以上、時間的・空間的連続性が何より尊重されねばならない」と主張する。

一律に旧家の建て替えが悪いとは言いようがない。けれども、消失することにより町の印象が一変してしまう、「臍」のような家屋が存在するのも事実なのである。そうした家が何の前触れもなく消え去ると、過去との時間の連続が切れたように感じてしまうのだ。(p.16)

基本的に景観が歴史や風土の現れであり・・・心の中の「原風景」であり・・・単なる過去への郷愁ではなく人間の本性的欲求である・・・。
・・・景観は歴史性と全体性を秘めるものであるため、安易に作り替えれば住民の「原風景」を崩壊せしめ、しかも急速な「変景」は歴史に断絶をもたらして、人間の適応能力を超えてしまう・・・。(p.75)

我々はある人の人格について語るとき、その人の「内面的な性格や人柄だけでなく、何を食べ何を着るか、どういう家にどういう家族と住んでいるか、どのような蓄財があるか、どういう人々と交流しているか、どういう仕事をなしたか、といったいわば外的な財にまで言い及ぶ」・・・。つまり、一定の個性ある景観は、ある人の人格と不可分であるはずなのだ。(p.129)

著者は、震災(1995年)で大きな被害を受けた神戸の出身であり、本書が公刊されたのは、小泉構造改革の嵐が吹き荒れた2002年である。この2点が本書の成り立ちに大きな影響を及ぼしている。

著者は、震災によって慣れ親しんだ日常景観を失った神戸市民の心情に寄り添おうとする。そして、復興の旗印のもとに慣れ親しんだ日常景観を復興させなかった神戸市の方針に対して、憤りを隠さない。

・・・私は、まるでモデル・ハウスの展示場のように軒を並べて新築された家並みを見るたびに、復興したとされることでさらに喪ったものを感じざるをえないのである。震災からの復興過程においては、生活圏における環境保全を求める声など、経済復興を優先する神戸市の方針の前に、かき消されてしまった。
だが、経済振興を景観保全より重視するのは、本当に自然なことなのだろうか? ・・・復興とは過去の記憶を再現させることだ・・・。景観だけでも再興しようというのは、貧しい者の高望みではなく、むしろ傷ついた人が未来へ向け生き続けるための必要条件ではないだろうか。(p.18)

ちなみに神戸を襲った震災の後、避難所から仮設住宅へ引っ越した被災者のうち、二百五十人を超える人々が仮設住宅孤独死や自殺をとげたといわれる。理由としては、転居により「互いに声をかけ合って励まし合ってきた隣近所とまた別れ」ねばならなくなったことや、働き盛りに仕事から離れて酒に浸ってしまうこと、生活してきた「場所」の景観から離れることが挙げられている。これは、震災により、「場所」における人間関係や仕事、そして景観といった絆を断ち切られることが、「内側」の住民にとっては死活問題になることを示唆している。思えば住吉川の眺望が一変することを憂慮していた私の母は、避難先の南大阪で初めて接する景観に、混乱したまま没した。長年住み慣れた「場所」から急に「外」に投げ出されたためなのだ。(pp.90-1)

また、聖域なき構造改革規制緩和)に対して、「規制なくして日常景観は維持できず、我々の生の豊かさも維持できない。むしろ規制こそが豊かさの源となる場合がある。景観保全こそが豊かさを実感させる」という一見ラディカルな――実は真の意味で保守的な――見解を対置する。*1

・・・景観という経済活動を規制するものの方が、豊かさを実感させるはずであろう。
・・・「豊かさ」は美しい景観からも得られるのだ・・・。(pp.22-3)

規制の緩さゆえに日本の日常景観はこの上なく荒廃してしまった。それでもあなたは聖域なき規制緩和を望むのか? 著者は読者にそう問いかけている。

本書において必ずしも強く前面に押し出されているわけでないが、保守思想研究との関連で特筆すべきだと思われるのは、保守思想の哲学・理論的な次元での核が「慣れ親しんだものへの愛着」であり、とりわけ、そこでは視覚が重要な役割を果たしている、という著者の認識である。保守思想は産業主義・開発主義に対して批判的・懐疑的なスタンスをとる。日常景観問題と地球環境問題は、どちらも行き過ぎた経済振興が招いた負の帰結ではあるが、人間の視覚の有限性という観点に照らすと、根本的に異質の問題であることがわかる。姫路城や鴨川デルタの景観は僕という人間の個性(人生の物語)と不可分であるけれども、海面水位上昇によってモルディブが水没するという問題はさほど不可分とは言えない。後者を僕が人生の問題として受け入れるためには、必ずしも視覚の次元ではとらえられない媒介項(具体的には国家・国際社会など)を想像力の助けを借りて動員する必要がある。*2後者は前者ほど「自然」に受け入れられる問題ではない。少なくとも僕にとっては、自分の人格(人生の物語)が本源的な危機に晒されている、という切迫感の度合が相当に違うのである。

保守思想が国家(ナショナリズム愛国心)と一直線に結び付けられることに対して、昔から僕が小さくない違和感を覚えていたのは、どうも以上のような理由が隠されていたようなのだ。著者はイギリスのチャールズ皇太子の見解を紹介しながら、「建築物と景観において表象される保守的精神の重要性」(p.146)を説き、バークの保守思想との関連にまで言い及ぶのだが、この叙述こそまさしく僕の保守思想研究の哲学的・理論的基礎を代弁してくれるものであった。確かに、僕の心の「原風景」である姫路城界隈や鴨川デルタ界隈に巨大ビルが乱立した光景を想像しただけでも、僕は吐き気を覚えてしまう。僕の保守思想研究がこうした美的感覚に基礎づけられていることを、本書は教えてくれた。

本書(第3章)に感化され、8月上旬に真鶴町を訪れて、その豊かな日常景観を堪能してきた。著者は「保守されるべきなのは感覚であって、論証されるような理論ではない」(p.147)と説いているが、本当にその通りだと思う。僕は自分が著者と美的感覚を基本的に共有していることを真鶴で確認し、この点において、本書からいっそう大きな喜びを引き出したのだった。*3

失われた景観―戦後日本が築いたもの (PHP新書)

失われた景観―戦後日本が築いたもの (PHP新書)

評価:★★★★★

*1:著者の構造改革批判は本書以降に公刊された別の様々な著作においていっそう十全に展開されている。

*2:cf.ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』

*3:「保守とは美意識の問題である」→松原隆一郎思考の格闘技」2009年8月23日