乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

神野直彦『地域再生の経済学』

ちょうど1年前の今頃、同僚SB先生(地域経済学)の学部ゼミで「地方工業都市の現状と課題」(卒論テーマ)について研究していたN本君を、ひょんなことから自分の院ゼミ生として受け入れることになった。以来、修論指導の関係で、地域経済学と(自分の専門である)経済思想史との接点をことあるごとに探索してきた。そんな折りにたまたま出会った出会ったのが本書である。

著者は新自由主義(市場主義)の潮流に批判的な財政学者である。日本の地域再生のシナリオ――生産機能を重視した地域再生から生活機能を重視した地域再生への転換、市場主義によるアングロ・アメリカン型(あるいは小泉&竹中構造改革型)の地域再生から反市場主義的な(=市民の共同の経済である財政にもとづく)ヨーロッパ型の地域再生への転換――の道筋を、財政思想史の知見を踏まえつつ、地方への税源移譲というの視点から描き出そうとしている。

本書の概要をまとめれば、以下のようになるだろう。

1980年代以降、資本の自由な移動が可能になり、経済システムのボーダレス化・グローバル化が進展すると(その背景にはブレトン・ウッズ体制の崩壊による資本統制の解除がある)、そのメダルの背面として、海外生産比率が急激に上昇し、地方圏からアジアへと工場機能が流出して、地方圏の生産機能が空洞化し、地域社会は衰退の一途をたどっている。

しかし、今日の世界は重化学工業を機軸とする産業構造の時代から、情報・知識産業を機軸とする産業構造の時代へと転換しつつある。いったん流出した工業を呼び戻すために企業誘致を図ることは、この流れに反しており、時代錯誤である。このような流れの中で地域社会を再生させるためには、工業に代わる知識産業を地域の伝統的な文化を復興させることによって創り出す以外に方法がない。

見習うべきは、フランスのストラスブールなどに代表されるヨーロッパの都市である。「ヨーロッパの都市再生の秘密は、市民が共同負担にもとづいて、共同事業を実施できる財政上の自己決定権にある。市民が支配する財政によって、市民の共同事業として都市再生が実施されれば、大地の上には人間の生活が築かれることになる」(p.13)。地方自治体の財政的な自立(国から地方への税源移譲)があって、初めて生活機能重視の地域の再生が成り立つ。人的投資(教育)が公共サービスとして供給されて初めて、知識社会(あるいは新しい人間の欲求)に対応した新しい産業(雇用)が創出される。

おおよそ以上のような内容であると言えよう。

アメリカとヨーロッパの都市再生の方向性を過度に二項対立的に捉えている嫌いがある(必ずしもそうとは言えないことが、中村剛治郎『地域政治経済学』で指摘されている)けれども、それを除けば著者の主張は平易かつ説得的で、僕は基本的に賛成である。普段僕が漠然と考えていたことを、僕に代わって明快な言葉で表現してくれた。感謝したい。

自分の無知をさらけ出すようで恐縮だが、本書でいちばん勉強になったのは、ブレトン・ウッズ体制(の崩壊)の世界史的意味に関する叙述である。ブレトン・ウッズ体制所得再分配国家の前提をなしていたがゆえに、その崩壊が新自由主義的政策思想の台頭を招いたことは、指摘されれば当然なのだが、本書を読むまで明確に意識したことはなかった。

地域再生の経済学―豊かさを問い直す (中公新書)

地域再生の経済学―豊かさを問い直す (中公新書)

評価:★★★★☆