乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

中野雅至『「天下り」とは何か』

自力(公募)で大学教員に転身した元厚労省キャリア官僚による「天下り」解説書。

著者は、天下りの問題点を十分に認識しつつも、それが一定の合理性を伴って形成され存続してきた制度である以上、簡単になくすことができない、と主張する。この主張が本書の背骨にあたる。

民間企業であれば、たとえ再就職を会社が斡旋してくれたとしても、それは人事としては扱われません。定年間際の半導体部門の部長の再就職先が決まらないからといって、半導体部門の三十歳の人事異動が決まらないということはないでしょう。
これに対して、役所の場合には、幹部クラスの再就職先が決まらないと現役の人事まで停滞してしまうということが起こります。役所には限られたポストしかなく、民間企業と違って自由にポストを増やすこともできないからです。また、予算による制約も受けています。古今東西の歴史を見ても、役所は放置しておくとどんどん組織を肥大化させてしまうため、国会や内閣によって組織・ポスト・予算が厳しくコントロールされているのです。
しかし、組織としての活力を維持するには、優秀な若手を早く出世させて経験を積ませなければなりません。いつまでも年配者に居座られると、若手のやる気をそぐことにもなります。
そこで登場するのが、・・・「早期退職勧奨」という独特の雇用慣行です。これは六十歳の定年を待たずに役所を辞めてもらうことで、早い話が「肩たたき」です。言うまでもなく、辞めてもらうためには次の再就職先を斡旋しなければ、辞めるほうだって困ってしまいます。だから、再就職先と早期退職勧奨はセットになっています。これが天下りを生む根本的な要因です。(pp.42-3)

そして、天下りの実態についても、省庁、キャリアとノンキャリア、国家公務員と地方公務員などの違いに留意しながら、詳しく説明している。

超エリートをスピード出世をさせるために天下りが必然的に要請されるのは理解できるとしても、存在意義の乏しい非営利法人が天下り先として際限なく増殖していく様子は、さながらホラー小説の趣がある。著者は「古今東西の歴史を見ても、役所は放置しておくとどんどん組織を肥大化させてしまうさせてしまうため、国会や内閣によって組織・ポスト・予算が厳しくコントロールされているのです」と述べたが、だからと言って、役所の外の組織であればどんどん肥大化してもかまわないことにはならないだろう。もちろん、そうなのだ。この点は著者も天下りの弊害として十分に認識している。しかし、非営利法人への天下り規制は、抜け穴だらけで、実効性に乏しい。どんなに強い規制を導入しても、手を替え、品を替え、天下りは生き続けるだろう。では、いったいどうすればよいのか? 著者の結論はこうである。

・・・忘れてはならないのは、天下りのそもそもの発生要因は役所の人事労務管理にあるという点です。つまり究極的には、早期退職勧奨や年次主義をなくし、全員が定年まで勤めたとしても活力が衰えないような組織を作るよりほかに、天下りを根絶するのは難しいということです。(p.169)

天下りには発生要因があり、また長い歴史があります。そうである以上、その発生要因を取り除かない限り、この病との闘いは終わらないでしょう。
規制や感情的なバッシングによって、一時的に(あるいは表面的に)は効果を上げられるのかもしれませんが、それだけで済まないことは歴史が証明しています。天下りという名の病原は非常にしたたかで、その時々の状況に応じて姿かたちを変えながら脈々と生きのびてきたからです。
つまり、考えられる最善の処方箋は、役人が納得して定年まで働けるような仕組みか、官民の人材が自由に行き来する社会をつくることしかありません。遠回りのようですが、本気で根絶しようとするのであればそちらに知恵を絞るべきでしょう。(p.179)

著者は、官僚出身でありながら、天下りに対して、擁護からも批判からも距離を置いた公平な叙述を心がけている。好感をもって読み進めることのできる良書であるように思われる。

「天下り」とは何か (講談社現代新書)

「天下り」とは何か (講談社現代新書)

評価:★★★★☆