乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

三浦耕喜『ヒトラーの特攻隊』

新聞記者である大親友の初めての著書であり、ベルリン支局特派員時代の仕事の果実である。刊行直後に一度読んでいるが、このたび再読してみた。

ナチス政権下のドイツにも日本の「カミカゼ」に類似した特攻隊組織が存在した。本国ドイツでも知られることの少ないこの「エルベ特別攻撃隊」の真実を、生き証人たちの証言をもとに描き出そうとしている。

実は《ヒトラー特攻隊》というタイトルは正確でない。ヒトラーは特攻命令を下していないのだ。本書を読んだすべての読者に印象にいちばん強く残るのは、「自由意思の尊重」の名のもとに特攻命令の決断を躊躇するヒトラーの優柔不断さであろう。

六百万人のユダヤ人を虐殺した張本人は、具体的な「だれか」に死を命じることからは逃げ回った。数が大きなものに対しては恐るべき狂気を発した男だったが、ひとりに対しては臆病だった。(p.80)

「私の政治信条は、祖国のために戦ったひとりのドイツ人であること、それだけです」(p.219)と言い切る元攻撃隊指揮官ハヨ・ヘルマン(非ナチス党員、インタビュー当時95歳)の言葉も鮮烈だ。こうした事実は、ドイツの戦争責任をナチスとの直接的な関連だけで考えてよいのだろうか、という問題提起を必然的に含むものだろう。

さすが新聞記者と唸らせる簡潔で流麗な文体。学者の文章とは違う。見習いたい。

ヒトラーの特攻隊――歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち

ヒトラーの特攻隊――歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち

評価:★★★★☆