渋谷区円山町のラブホテル街に隣接したアパートの一室で、39歳の女性が絞殺された。このニュースが世間の興味を惹いたのは、被害者が慶応大卒業後に東京電力に入社するエリートコースを歩んでおり、殺害された当時には管理職の地位にあったにもかかわらず、夜は夜で娼婦としての別の顔を持っていたからであった。彼女の最後の客であるネパール人が強盗殺人容疑で逮捕された。本書は、この衝撃的な事件の、事件発生(1997年3月)から被疑者の無罪判決(2000年4月、東京地裁)に至るまでを追跡したノンフィクションである。
本書は佐野氏の著作の中ではすこぶる評判が悪い。なぜなら、本書の読者の大半は被害者の女性の心の謎――なぜ売春行為を始めたのか?なぜ1日4人というノルマを自分に課したのか?――の解明を期待しているのに、それがまったく解明されず、記述の多くが被疑者のネパール人の無罪の立証にあてられているからである。著者は、被害者の女性の心の謎に迫る事実を発掘したいという衝動に駆り立てられながらも、結局、発掘することができず、謎を謎として書き残す以外になかったようである。数学で「解なし」が正解の場合があるが、この事件の場合も「結局、わからないものはわからない」が著者の提示する解答のようである。確かに欲求不満が残る。僕自身、読み始める前の期待が大きかっただけに、肩すかしを食らわされた気分である。
実はこの事件には続きがある。本書は被疑者のネパール人が東京地裁で無罪判決を勝ち取ったところで終わっているが、その後、東京高裁での控訴審で逆転有罪判決が下され、最高裁で上告が棄却された結果、無期懲役が確定している。もしそのネパール人が真犯人だったとすれば、本書を読むかぎりでは、これといった殺害の動機が見当たらず、ますますわからないことが増える。欲求不満が高まる。
読書はエンターテイメントだ。読後感はすっきりしたものでありたい。しかし、現実の複雑さがそれを許さない。本書はノンフィクション文学の困難さを典型的に表現しているように思われた。
- 作者: 佐野眞一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/08/28
- メディア: 文庫
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評価:★★☆☆☆