乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

田中宏『在日外国人 新版』

著者はもともとアジア文化会館という留学生の世話団体に勤務していた。その後、愛知県立大学一橋大学で教鞭をとり、現在は龍谷大学教授を務めている。日本アジア関係史、在日外国人問題、ポスト植民地問題の権威である。

本書は在日外国人が抱えている様々な問題を、著者自身の体験を踏まえながら、包括的に描き出している。もともと1991年に公刊され、好評を博し、1995年にデータを刷新した新版が出た。このたび僕が読んだのは新版であるが、それもすでに13年も前のものであり、一般的に言えばかなり古い本なのだが、当該テーマをめぐる日本社会の変化が緩慢すぎるせいなのか、本書の内容に古さを感じることはほとんどなかった。

もともと、在日コリアンの法的処遇の変遷についてもう少し詳しく知りたくて、本書を手に取ったわけだが、その目的は十分に達せられたように思う。国籍法をめぐる諸問題(選択方式vs帰化方式、出生地主義vs血統主義)、国民年金法における国籍による差別、参政権をめぐる諸問題(国政参政権vs地方参政権、国民vs住民)などについて、基本的な知見を得ることができた。「戦時中はドイツでも多くのユダヤ人労働者が酷使されたが、たとえばベンツ社は社史の編纂をきっかけに、1988年2000万マルク(当時約14億円)の補償をした。しかし『鹿島建設130年史』(1791年)は、花岡事件にひとことも触れていない」(p.240)と書かれてあったのは、ビジネス・エシックス(あるいはCSR)の観点からも、非常に興味深かった。

本書には最近の新書にありがちな「親しみやすさ」「軽妙さ」はほとんど*1ない。ひたすら、まじめで、重い、古き良き時代の岩波新書である。決して読みやすくはない。しかも、叙述の中立性という観点からも、すんなりと読み進められない。著者は政府に過度に厳しい反面で外国人に過度に甘い、との印象を抱く読者もいるのではないか。少なくとも僕自身はそういう印象を受けた。しかし、新井将敬議員の民族的出自をめぐるネガティブ・キャンペーン(p.172)は、人道上、断じて許してはならないことだと考えているし、その事件の背後に存在していたとされる大物政治家に対しても僕は好印象を持っていない。在日外国人の人権問題について考える時、僕は右へ左へと絶え間なく漂流し続けてしまう。まだ自分独自の思考の足場が築けていない。勉強不足を痛感させられる。

在日外国人 新版―法の壁、心の溝 (岩波新書)

在日外国人 新版―法の壁、心の溝 (岩波新書)

評価:★★★☆☆

*1:副題の「法の壁、心の溝」は、ジョン・レノンからの影響なのだろうか?