乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

夏樹静子『腰痛放浪記 椅子がこわい』

人気推理小説家である著者は、1993年1月から約3年間、原因不明の腰痛に悩まされた。その痛みはあまりに激しく、時には死まで思い浮かべた。本書はその闘病記である。

骨・筋肉・神経といった身体器官の不調が腰痛の原因ではなかった。「作家夏樹静子のステータスを保ちたい」「いつまでも第一線で仕事をしたい」という執着と枯渇していくエネルギーとの葛藤が、著者の脳にありもしない痛みを発生させていた。心身症であった。

著者は腰痛が心因であることを頑固に否定し続けたが、これこそ心身症患者に典型的な反応であった。

翻ってみれば、これまでお世話になった何人もの整形外科の先生方は、誰一人私の身体に器質的疾患を見出しておられない。そして時がたつにつれて「心因性」の見方に集約されてくるようだ。
しかし、素人の、だが誰よりも自分のことは自分でわかるはずの私としては、どうしても心因性には肯んじられない。本能と直感が「NO」と叫ぶ。原因が見当たらない上、漠然たる心因でこれほど激甚な症状が発生するとはとうてい信じられないのだ。(p.113)

著者は「最も自分として認めにくかった自分を認めた瞬間から、治療が始まったのではないだろうか」(p.229)と述懐しているが、まさにこの点にこそ心身症治療の最大の困難が存すると言ってよい。患者を心療内科の入口に立たせることが非常に難しい。それは抑圧された内なる魂の声に耳を傾けることの難しさである。

「あなたの意識している心は本当に仕事をしたがっているかもしれない。しかし、あなたの気がつかない潜在意識が、疲れきって悲鳴をあげているのです。そこで病気になれば休めると考えて、幻のような病気をつくり出して逃避したのです。それがあなたの発症のカラクリなのです。」
「潜在意識がそんな作用をするのですか」
「人間の意識の下には、その何十倍もの潜在意識がひそんでいるといわれます」
文字通り意識されない水面下にある潜在意識が、意識に造反して病気をつくり出していたという考えに、私はふっと引き寄せられるものを感じた。そういうことなら、私にも疾病逃避は起こりえたかもしれない・・・。
「夏樹静子が大もとにあるといったのはそのためです。夏樹静子という誰にでも知られた大きな存在を支え続けることに、あなたの潜在意識が疲れきって耐えられなくなっているのです」
「いえ、私はそんな・・・」
そんな大きな作家ではないし、立派な仕事をしてきたわけでもないのです、と私はいおうとして口をつぐんだ。ささやかな物書きの営みにすら、非力な私は耐えられなかったのかもしれないと思った。
「夏樹静子をどうするか、真剣に考えてみて下さい」(pp.194-5)

このようにして主治医は、著者に作家夏樹静子として生きていくことを棄て、主婦出光静子(本名)として生きていくよう、繰り返し諭すのである。著者は当面(1年間)、夏樹静子を入院(全面休筆)させ、出光静子として退院することにより、本来の健康を回復してゆくのである。

心身症という病気の恐ろしさと難しさをまざまざと見せつけられる迫真のノンフィクションだ。自分のことは自分がいちばんよくわかっている、という思い込みの何と危険なことか。解説で関川夏央氏が記している言葉が絶妙である。

もっとも犯人らしくないものが犯人であった。というより、作家自身が構想からあらかじめ除外していたものが犯人であり、結果、作家自身の手に負えない作品がそこに生じたという意味で、この『腰痛放浪記 椅子がこわい』は最高の推理小説である。(p.245)

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

評価:★★★★☆