ジョン・ステュアート・ ミル(1806-73)は、19世紀イギリスの代表的思想家。百科全書的にあらゆる分野の知識に通暁した「普遍的知識人」として、『論理学体系』『経済学原理』『自由論』『功利主義論』『代議制統治論』『女性の隷属』などの多くの著作を残し、改革派のオピニオン・リーダーとして(晩年には下院議員としても)活躍した。
本書はミルが自らの人生を最晩年に回顧した自伝であり、自伝文学の白眉として長く称えられている。父ジェームズ・ミルによる早期の英才教育、青春期に訪れた「精神の一大危機」、(のちに妻となる)7歳年上の既婚女性ハリエットとのロマンスなどの興味深いエピソードに彩られながら、ミルの精神の発展が率直な筆致で綴られている。
この村井章子氏による新訳は朱牟田夏雄氏による旧訳(岩波文庫版)より格段に読みやすい。解説も訳者あとがきもなく、訳注もほとんどないことから、読みやすさを徹底的に追求した新訳であるように思われる。
このエントリの日付は2010年11月になっているが、実際に書いているのは2011年3月。一度通読してから、このエントリを書くために再読したところ、多くの新しい発見があって、そこでさらに読み直したら、さらにたくさんの新しい発見があって・・・という始末で、なかなか書き始められなかった。まさしく、このように読むたびに新しい発見があることこそ、名著の名著たるゆえん。
本書を読む誰もが強く印象づけられるのは、ミルが個人の利益ではなく、公共の利益を追求していたこと、多数派の声以上に少数派の声を尊重しようとしていたことだろう。これら以外に、僕自身の研究上の関心から、強く印象に残ったことを箇条書きで挙げておく。
- 父ミルの『政治論』の婦人参政権への反対論は、バーク流の実質的代表の理論にもとづく(p.89)
- ミルはベンサム『裁判における証拠の原理』を彼の思想の核心が展開されている作品として高く評価している(p.98)
- ミルは政治家チャールズ・ジェームズ・フォックス(フランス革命期の急進派ウィッグの領袖)の政治的自由主義の限界を認識している(p.146)
- ミルは父を「最後の18世紀人」と評価する(p.176)
- ミルは「前提」「所与の条件」(の可変性)に着目することを重視している(p.143, 155, 214)
なお、背表紙に「ベンサム、リカード、ヒューム等と付き合い、同時代の社会思想のみならず、明治以来の日本にも大きな影響を与えた思想家による自伝の古典が、格段に読みやすい新訳で登場」とあるが、ミスリーディングな表記である。このヒュームは哲学者・歴史家のデイヴィッド・ヒューム(1711-1776)ではなく、政治家のジョゼフ・ヒューム(1777-1855)を指す。
- 作者: ジョン・スチュアート・ミル,村井章子
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2008/01/24
- メディア: 単行本
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