乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』

ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)』を読んだついでに再読する。

本書は長短様々な18本のエッセイと書評から構成されており、それらが「資本主義」(3本)、「貨幣と媒介」(5本)、「不均衡動学」(5本)、「書物」(5本)という4つのグループに分類・配列されている。前回は12年前、1995年2月5日から7日にかけて読んだことがメモされている。修士論文を提出した直後(大震災の直後でもある)に読んだようだ。

「資本主義」と「貨幣と媒介」のグループには、資本主義の本質を差異性に見出そうとする一連のエッセイが収められている。後に『貨幣論 (ちくま学芸文庫)』として結実することになるはずのこれらの議論は、12年たった今でもかなり鮮明に記憶に残っていた。巻頭に配された表題作はいまだにその輝きを失わない個性的で刺激的な論考だ。岩井さんは『ヴェニスの商人』という戯曲を「ヴェニスの町のキリスト教社会」が「共同体的な自己完結性を失い、資本主義的な個人の集まりとしての資本主義社会へと変質をとげてしまう」(p.66)物語として読むのである。

他方、「不均衡動学」のグループに収められたエッセイの内容はほとんど覚えていなかったが、「経済学説史」担当教員としての10年間が経済学・経済学史に関する僕の知見を豊かにしてくれたおかげで、今回の再読ではこちらのグループのエッセイのほうを楽しく読んだ。特に、不均衡動学の考え方の基本を語りながら岩井さんなりの経済学史観も簡明に語った論考「「経済学的思考」について」を、いちばん楽しく読ませてもらった。スミスの自然価格と市場価格という対立概念が、ヴィクセルによって自然利子率と市場利子率という対立概念へと拡張された件(pp.214-5)は、今さらながらに「なるほど!」であった。経済学史的に厳密に正しいかどうかは別問題として、こういうふうに説明すれば「経済学説史」の授業で無理なくヴィクセルを語ることができそうだな。

「書物」グループに収められた書評は相当に難解だ。少なくとも僕の頭脳レベルを超えている。したがって、学部学生は理解できなくても落ち込む必要はないだろう。僕は落ち込むべきかもしれない。嗚呼、少年易老学難成。

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)

評価:★★★★☆