乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

安部徹也『メガヒットの「からくり」』

企業が行っているマーケティングや商品開発に関する本は、あくまで趣味の読書の域を出ないけれども、比較的たくさん読んでいるほうだと思う。「この商品の大ヒットの裏にはこんな涙ぐましい努力があったのか!」と感嘆させられることが多い。結果だけ見れば、誰でも思いつきそうなことなんだけれども、実際にその現場にいたとすれば、まず思いつきそうもない。ただ、門外漢の暴言なのかもしれないが、原理論のレベルではどのヒット商品も「差別化に成功した」という一言に尽きてしまうように思われるのだ。

本書でも「ワンダモーニングショット」「人間失格」「Wii」「オトコ香る。」「iPhone」「超鼻セレブ」「PS3」「雪国もやし」「男前豆腐店」などの興味深いヒット商品の事例が紹介されており、非常に楽しく読ませてもらったが、やはりここでも鍵概念は(さほど強調されていないが)「差別化」であるようだ。

「差別化」の思想の原理については、伊藤元重『市場主義』が包括的に説明してくれていて、初めてそれを読んだ時は、まさしく「目からウロコ」であった。しかし、その後は、「目からウロコ」の議論になかなか出あえずにいる。もっとも、経営学における「差別化」は経済学における「均衡」のようなもので、そこへ至るプロセスの精緻化こそが学問的営為の本領なのかもしれないが。

本書でいちばん面白かったのは、最後の5ページ(「おわりに――島田紳助に学ぶ個人のマーケティング活用術」)である。自分の強みをいちばん活かせるフィールドはどこか? 島田紳助の成功の秘訣は、その精緻なポジショニング分析にあった。これから就職活動に挑む学生たちにぜひ読ませたい。自己分析・イコール・マーケティング・・・かな?

評価:★★★☆☆