乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

田中央『商品企画のシナリオ発想術』

7期ゼミのテキスト。富士写真フイルム*1在職中に「写ルンです」のコンセプト開発に携わった著者が、シナリオライティングによる商品企画の発想技法を、豊富な事例にもとづきながら、初心者にもわかりやすく解説する。

本書のキーワードは、「三不(不満・不安・不思議)による問題発見」と「具体的な仮説(解決策)」だろう。両者をつなげる上でシナリオライティングという方法が有効なのだ。その新商品によって生み出される新しい生活スタイルをシナリオで具体的に描くことによって、その商品の魅力を消費者の心に具体的にイメージさせることができる。これによって、生産者(つくり手)と消費者(使い手)との情報交流=「共創」が可能となる。著者自身の言葉によれば、デザインシナリオの目的は、

(1) 新しいモノとコトを通して未来の生活スタイルを提案するとき、モノ・コトと人や環境、情報との関係をシナリオで表すことで、その価値を評価することができる。
(2) シナリオ化することで、製品化のまえに、使い手からのレスポンスを得たり、つくり手と使い手の間で仮説提案のコンセンサスをもつことができる。
(3) 仮説提案は、つくり手と使い手との「共創」のしくみのなかで、新たなモノとコトの発見に導く。(p.41)

社会全体が未来の生活に新しい価値観をもとうとするには、まずお互いに仮説を介して語り合い、評価し合うことが、かならず必要になってくる。(p.xii)

こうした方法論は「地域のデザイン(まちづくり)」にも応用可能であり(第6章)、著者自身、本書を公刊した(2003年)後、弘前市のまちづくり(弘前交感劇場)に関与しておられるようだ。*2現時点ではこれが成功例であるかどうかの断定を差し控えるべきであろうが、まことに注目に値するプロジェクトである。

5月28日・6月4日の2回にわたって本書をテキストとしてゼミを行った。ゼミ生たちは「三不」と「名詞型発想から動詞型発想へ」(p.13以下)に注目したが、前者については、不満の表明がもっぱらで不安・不思議の表明は不十分だったし、後者についても、名詞にしろ動詞にしろ抽象的な言葉を挙げることが多く、本書の主張を十分に理解しているとは言い難かった。もっとも、本を一冊読むだけで新しい商品のアイデアが次々と生まれてくるほどビジネスの世界が甘いはずもなく、学生時代に経験しておくべき思考訓練として、この2回のゼミは十分に意味があったように思う。

商品企画のシナリオ発想術―モノ・コトづくりをデザインする (岩波アクティブ新書)

商品企画のシナリオ発想術―モノ・コトづくりをデザインする (岩波アクティブ新書)

評価:★★★★☆