乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

黒川伊保子・岡田耕一『なぜ、人は7年で飽きるのか』

5月14日・28日の8期(3回生)ゼミでテキストとして使用したが、その後3か月以上も「乱読ノート」で採り上げられないままだった。その最大の理由は、本書が「トンデモ本」なのか否か、見極められずにいたから。このたび読み直してみたものの、やはりまだ見極められずにいる。しかし、紹介する価値のある面白い本であることは間違いないので、何とか私見をまとめてみたい。

本書は脳科学の知見を利用したマーケティング論(トレンド予測)の本である(らしい)。著者の黒川さん(著者として2人の名前が挙がっているが、実質的な著者は黒川さんであろう)は、もともと語感研究の専門家である。1999年を境として子音(彼女によればデジタル音)より母音(同アナログ音)のほうが強く響くネーミング(具体的には、日本語とイタリア語の系統のネーミング)がにわかに増えてきた事実から、「1999年は大衆の感性の転換点(デジタル時代からアナログ時代へ)である」という仮説に彼女は思い至る。そこに、人間の感性の7年周期――「ヒトの脳には、「一定の刺激に対し、7年で飽きる」という生理的な癖がある」(p.1)――という脳科学の知見(ほんま?)を組み合わせて、感性トレンドの56年(7×4×2)周期説を提起する。

「時代の波は、ゆったりと56年周期を描いて、対極の気分を行ったり来たりする」(p.130)。すなわち、直線・わかりやすさ・明晰さ・機械性を嗜好するデジタル気分の起・承・転・結(起=黎明期、承=ブレイク期、転=展開期、結=終焉期)から、曲線・複雑さ・曖昧さ・人間性を嗜好するアナログ気分の起・承・転・結へ。1999年は、デジタル気分終焉期からアナログ気分黎明期への転換点であって、「癒し」「スピリチュアル」「韓流ドラマ」のヒットはこの嗜好の転換にうまくマッチしたからだと言う。この仮説の妥当性は乗用車や新幹線の車体形状に最も端的に現われている。この感性トレンドの法則を活用すれば、市場の動向が面白いほど読めるようになる。

おおよそ以上のような内容である。

正直、脳科学のことはよくわからないので、脳の7年周期などと言われても、何もコメントできないし、それをビジネス・トレンドと結びつけることの妥当性も、よくわからない。そもそも、この法則は56年経過しないと真偽が確かめられない。「ウィキペディアに依拠して本を書いたらあかんやろ?」との突っ込みも入れたくなる(pp.82, 114)。黒川さんは「女性脳はアナログ気分になりやすい傾向」「男性脳はデジタル気分になりやすい傾向」といった仮説から恋愛論も書いておられるようで、それがけっこう売れているようなので、それが本書の「トンデモ」色を強めている。

ただ、思想史の知見に照らしてみると、「なるほど」と思える箇所が意外に多いものだから、困ってしまうのだ。よく読むと、著者は、「男性=デジタル、女性=アナログ」というのはあくまで一般的傾向にすぎず、人間はどちらの要素も持っていて、時と場合によって、その比率が変わる、とも述べている。実は、明晰な直線美と曖昧な曲線美とのコントラストはエドマンド・バークの美学理論にそのまま見られるもので、僕はそれを人間本性論として読もうとしているから、黒川さんとの距離はそんなに遠くないのだ。ファッションや建築といった視覚に関わるトレンドと直接の関係のない流行り言葉にまでこの法則を適用することには強引さを感じるけれども、視覚に関わるトレンドについては、案外、間違っていないのではないか? 乗用車や新幹線の車体形状のトレンドについては、「なるほど」と思ってしまった。

それでも、やはり、「トンデモ」なのかな???

なぜ、人は7年で飽きるのか

なぜ、人は7年で飽きるのか

評価:★★★☆☆