乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

小笹芳央『会社の品格』

某ベストセラーの二番煎じ、三番煎じのような書名のせいで、本書を手に取ることをためらう人も少なからずいるだろう。もしそうだとしたら、まことに不幸なことだ。新書・文庫の経営関係の本では、高橋伸夫できる社員は「やり過ごす」 (日経ビジネス人文庫)』、内田研二『成果主義と人事評価 (講談社現代新書)』と並ぶ優良本として積極的に推したい。就職活動を目前に控えている大学3回生は必読だ。誰でも品格の劣った会社には入社したくないはずだから。

著者が「会社の品格」を問題視する背景には、当然のことながら、我が国におけるここ数年の不祥事の頻発がある。著者によれば、経済合理性だけで動く「会社」は、必ずしも経済合理性だけで動くわけではない「社会」――経済合理性だけで暮らしているわけではない「普通の人びと」と言い換えてもよい――と衝突しやすく、不祥事を起こしやすい宿命を負っている。だからこそ、経営者は、この前提に立って、経営をしなければならない。両者の衝突を避けること、両者の結節点を担うことを常に念頭に置かねばならない。

それでは、具体的にはどうすれば不祥事を未然に防ぐことができるのか? 「コンプライアンス」「コーポレート・ガバナンス」「内部統制」といったルールによる統制を強化するだけでは不十分だ、と著者は考える。それらは、性悪説を前提として作られている以上、社員の仕事へのモチベーション低下をもたらしかねない。それゆえ、使命や目標といったカネ儲け以外の共感の接点を創り出すこと、「働く意味」を創り出していくことがさらに必要なのである。(第4章のタイトルにもなっている)「品格ある仕事」を――金銭報酬だけでなく意味報酬も――社員に与えられる企業こそが、真に「品格ある会社」なのだ。仕事の使命感の重要性を語る際に著者が用いた「石を積むという仕事」の寓話(p.130以下)には何度も頷かされた。

「そもそも、なぜ、上司が必要なのか? 上司の本質的な役割とは何なのか?」という根本的な問題に鋭く迫った第3章「上司の品格」も、今日では忘れられがちな雇用形態の多様性の本来の意味を反省させてくれる第5章「処遇の品格」も、啓発力に満ちている。社員を大事にしない会社は必ず滅ぶ、という著者の強固な信念は、読み手の心に希望と感動をもたらすはずだ。

経済の論理と社会の論理との緊張関係が本書全体の通奏低音をなしている。その意味において本書をカール・ポランニー『大転換』の会社版と見なすことも可能だろう。もし僕が大学院時代の恩師のS先生のように「社会経済論」という科目を担当するようなことがあれば、ぜひ本書をテキストとして用いたい。それくらいに本書は、現実の日本経済を素材に、社会経済学の基本的な考え方を見事に説き明かしてくれている。

会社の品格 (幻冬舎新書)

会社の品格 (幻冬舎新書)

評価:★★★★★

追記:同じ著者による『モチベーション・リーダーシップ 組織を率いるための30の原則 (PHPビジネス新書)』も一読の価値がある。『会社の品格』との内容上の重複が多いが、力点が「会社」ではなく「(ビジョンを描きチームのモチベーションをマネジメントする)リーダーシップ」に置かれているので、印象はかなり異なる。異なった切り口を通じて著者の主張をいっそう深く理解できるはず。評価は★★★☆☆ (2007年12月28日)