乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

堺屋太一『団塊の世代』

日本の戦後ベビーブーマー(1947〜49年生まれ)は「団塊の世代」と呼ばれるが、その名前の由来となったのが、ベストセラーとなった本書である。

著者の堺屋太一は元通産官僚(1978年に退官)。本書が単行本として公刊されたのは1976年11月で、それに先立って1975年の夏から76年の春にかけて月刊『現代』誌に連載されていた。つまり、執筆当時、著者はまだ通産省に勤務していた。本書は役人が書いた小説なのだ。

しかしただの小説ではない。膨れ上がった人口の塊の加年化が日本社会に与えるインパクトをできるだけ科学的に予測し、その予測の結果を4つの物語の中に描き出している。自由奔放に想像力をはばたかせる空想科学小説(SF)とは本質的に異なる、と著者自身も断っている(p.6)。物語の舞台となった時代はそれぞれ1980年代前半、後半、90年代中葉、2000年であり、登場する人物も、場所も、生じる事件もまったく関係がないが、主人公がみな「団塊の世代」に属することが共通点である。

本書の予測は実によく当たっている。「終身雇用制」と「年功序列賃金体系」が「ミドルの過剰」によって崩壊していく様を描いた第3話の的中の見事さは恐ろしいくらいだ。石油価格の高騰と老人対策事業費の財政圧迫に悩む日本の姿を描いた第4話も、数年のタイムラグを除けば、まったく今の日本の姿そのものである。

個人的には第1話がいちばん秀逸なできだと思う。日本でコンビニエンスストアなる業態が生まれたのは1974年5月(セブンイレブン1号店)のことだが、この生まれて間もない業態に注目し、小説の題材として取り上げているだけでも驚異だ。加えて、主人公の人生の悲哀さが読み手の共感を誘うこと間違いなし。

まさしく歴史にその名前を刻むに値する傑作。読むしかない。「団塊ジュニア」の5期生S君が本書を題材に卒論を執筆中である。

団塊の世代 (文春文庫)

団塊の世代 (文春文庫)

評価:★★★★★