乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則』

失敗は必ずしも悪ではない。失敗しない方法を学ぶだけでは、新しいものを創造することはできない。失敗に正しく対応することで、失敗は創造的仕事のための格好のヒントとなりうる。そのような学問としての「失敗学」を提唱している著者がそのエッセンスを32の法則にまとめたものが本書である。

法則1「「逆演算」で失敗の《からくり》がわかる」と法則21「「責任追及」と「原因究明」を分けろ」にはとりわけ啓発された。失敗の「原因」を《要因》と《からくり》に分けて分析できないこと、「責任追及」と「原因究明」を分けて考えようとしないこと――そういった風潮が日本(の組織文化)にはきわめて根強いわけだが、その根本には「失敗を真正面から受け止めることをしてこなかったという日本人の失敗に対する思想傾向」(p.203)があると著者は指摘する。丸山真男の「無責任の体系」と共鳴する指摘であり、思想史研究者として大いに興味をそそられた。

著者は機械工学の専門家だが、読者にその分野の予備知識は必要とされない。きわめて平易な叙述である。想定された主たる読者はビジネスマンだろうが、僕は就職活動を間近に控えた大学生にぜひ読んでもらいたいと思う。サークル・クラブ・ゼミ・アルバイトでの失敗経験は誰でも持っているはずだ。その経験を「失敗学」の知見を用いて分析すれば、そのようにして得られた知見はビジネスの世界でもそのまま利用できるものであるはずだ。学生時代のどのような経験が社会に出てから役に立つのかを冷静に見極めることができるはずだ。企業選びの基準として、失敗を前向きにとらえる企業風土が根付いているかどうか(p.159)、などにも注目するようになるはずだ。実際僕はそのような目的で本書を自分のゼミで用いた。

日本文化論としても授業デザイン本としても読める、きわめて汎用性の高い便利な本だと思う。

決定版 失敗学の法則 (文春文庫)

決定版 失敗学の法則 (文春文庫)

評価:★★★☆☆