「欲望とマーケティング」をテーマに、売れっ子脳科学者(茂木)の論考が第1章に、元電通マン(田中)の論考(エッセイと呼ぶほうが正確かもしれない)が第2章に、両者による対談が第3章に収めている。150ページにも満たない小著であり、文体も平易。専門用語には注釈も付されているので、初学者でも半日あれば十分に読み通せる。
シャネル、たまごっち、i-pod、mixiなどのヒットの理由、ディズニーのマーケティング手法、楽天とアマゾンの相違などが紹介・分析されていて、そうした点は面白く読んだのだが、全体として何が言いたいのかと考えてみると、実はよくわからない。結論を提出するつもりのない問題提起の本だとしても、提起されている問題の輪郭がいまいち定かではない。
茂木は脳科学における新しい分野である神経経済学の考え方の概要を説明しようとしている。脳科学そのものについて深く述べておらず、しかも僕自身が脳科学についてまったくの無知なので、正直なところ、よく理解できなかった。(欲望の根幹に関わっているとされる)不確実性、学習、アタッチメント(愛着)、クオリア(質感)、セレンディピティ(偶然幸運に出会う能力)、これらの関係はどうなっているのか? きちんとまとめて欲しかった。とりわけセレンディピティをもたらすものとしてのルーティンワーク(p.66以下)は、非常に興味深い論点だけに、数行で説明を終えてしまう淡白さが残念である。
田中の議論はやや凡庸に感じられた。アイデンティティを確立・強化してくれるような消費こそがこれからの消費であるということ(p.94以下)は、すでに多くの論者の指摘するところである。*1むしろ、心と身体が一体化した消費現象「ポスト・カルテジアン消費」(p.84以下)について、もっと説明の言葉を費やすべきだったように思う。
僕の興味をいちばん惹いたのは、不可能(無限)なものへの憧れと消費欲望との関係を指摘した件(p.118以下)だ。この件を読んだ時、僕はバークの崇高論を連想してしまったのだが、あまりにも飛躍が大きいかな? この問題については別の機会に考えてみたい。
辛口の点数をつけてしまったが、それは脳科学に関する予備知識の貧弱さという個人的事情によるところが大きいことをあらかじめお断りしておく。
- 作者: 茂木健一郎,田中洋,電通ニューロマーケティング研究会
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2006/12/01
- メディア: 単行本
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評価:★★☆☆☆
*1:僕がこれまで読んだ本では、松原隆一郎・辰巳渚『消費の正解 ブランド好きの人がなぜ100円ショップでも買うのか (カッパ・ブックス)』、宮本みち子『若者が『社会的弱者』に転落する (新書y)』などがそれを指摘している。