トマス・ペインの生涯と思想に関する入門書であり、オックスフォード大学のPast Mastersシリーズの一冊として刊行されたもの(原著の刊行は1989年)の邦訳である。*1一応、入門書であるが、ヒッチンス*2と比べると、本書のレベルのほうがやや高い。
訳文は流麗で非常に読みやすい。訳者の労苦に敬意を表したい。ただし、訳者が解説で示しているペインの思想史的意義は、二人の訳者がともにペイン研究者でないことに起因しているのかもしれないが、本書が描き出そうとしているペイン像からずれているように思われる。僕の理解する限りでは、本書の最大の貢献は、ペインにおける自然権理論と共和主義思想との緊張関係と絡み合いを掘り起こし、それがペイン思想の基本的枠組みを構成していることをはっきりと示しえたことにある。訳者解説はペインと共和主義思想との関係にほとんど言葉を費やしていないので、この点を補足しておきたい。
非常に興味深いのは、著者がペインの福祉国家の構想(累進課税、公的給付、社会保険)とロールズの正義論の親近性を指摘している(pp.144-7)ことである。実はこの福祉国家論においてこそ、ペインの共和主義的な制度設計の構想が最も端的に表現されていると考えられる。ペインにとって福祉国家とは、個々の市民が公的生活を維持する(公共善を追求する)ための、不可欠なしくみであり、ここには「ネオ・ローマ的な共和主義」(スキナー、ペティット)の論理が確認できる。*3本書の原著の出版が1989年と古いためか、このことについての明確な指摘は本書に見あたらないのだが、しかし、著者が「共和国とは、正しく理解されるならば・・・正義主権である」(p.147)というペインの言葉に着目している事実は、著者の共和主義的なペイン理解を裏書きするものであろう。ペインにとって正義とは「富者と貧者の間の互恵主義」に他ならず、「国家による富の再配分」は「自然権の侵害」であるどころか「市民の基本的権利をより完全に尊重する方法」として正義にかなっているのである(pp.143-5)。
本書以後のフィルプの仕事も追いかけなければ・・・。
- 作者: マークフィルプ,Mark Philp,田中浩,梅田百合香
- 出版社/メーカー: 未来社
- 発売日: 2007/07/01
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