著者はイギリス市民革命史研究の大家。人権思想の中核に「どんな人にも生きる権利がある」という考え方を求め、その成立と展開を歴史的にたどっている。本書の内容については、目次をそのまま掲げるほうが、それをイメージしてもらいやすいだろう。
東アジアにおける人権思想の展開にも相当なページ数が割かれているものの、あくまでヨーロッパにおけるそれの比較対象として取り上げられており、主役はやはり著者の専門である近代ヨーロッパである。著者は人権思想をめぐる自身の思想的立場を次のように断っている。
人権思想は西ヨーロッパにおいて成立し、ヨーロッパの進出とともにそれ以外の地域に輸出されていったものである。そのために人権思想をめぐっては、現在もなお、それがヨーロッパ(およびアメリカ)のイデオロギー的世界支配の一環であるとして、これを拒否ないし懐疑的にみる立場と、生まれはヨーロッパであっても現在は普遍性をもち、世界共通の価値観となっているという立場とがあって、いろいろなところで対立をしめしている。私自身は後者の立場に立っている・・・。(p.116)
一読目と二読目とではかなり読後感が異なった。一読目は内容を理解することに精一杯で、著者の思想史叙述の個性にまで考えが及ばなかった。ルター、カルヴァン、ホッブズ、ロック、ルソー、メアリ・ウルストンクラフト、ミル、マルクス、レーニンといった(ヨーロッパ思想史の学習者には)おなじみのメンバーが行儀よく舞台に登場してくる印象のほうが強かった。しかし、読み返してみると、バークとペインの論争の後にオーギュスト・コントが続いたり、ヘーゲル、マルクスの前にドイツ・ロマン主義の思想家(ランケ、メーザー、ザヴィニー)が置かれたり、かなりマイナーなトマス・スペンス『子どもの権利』への言及があったりと、随所に概説書の域を超える高度な内容が織り込まれている。決して大きな本ではないものの(200ページ余り)、著者の博覧強記ぶりがいかんなく発揮されている好著である。
著者は「なぜ人を殺してはいけないのか」という問題に答えることが人権の思想の基本問題だと述べているけれども(p.2)、現代的諸問題との関連にもう少し言葉が費やされてもよかった気がする。著者の専門から外れているので、「ないものねだり」になってしまうことを承知で書くが、例えば「平和的生存権」(pp.218-20)と「アジア的人権論」(p.223)についてもう少し詳しい叙述(基地問題や外国人参政権問題などと関連づけて)が欲しかった。それがあったなら人権の思想史を学ぶことの現代的意義がもっとストレートに読者に伝わったのではないか。
- 作者: 浜林正夫
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 1999/05/01
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 30回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
評価:★★★★☆