乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

渋谷秀樹『憲法への招待』

立憲主義と人権に関する入門書シリーズ」の三冊目。前の二冊とは正反対で、リベラル左派的な立場が前面に押し出されている。

自衛隊靖国神社教科書検定、通信傍受法といったクリティカルなトピックに対しては、当然のことながら、いかにもその立場からの解答が与えられている。長尾龍一さんが指摘されているように「初めに国家悪ありき」という根本前提が強固にすぎて、その点がどうしても共感できない。*1

しかし、そういった「色」は本書を評価する上でのマイナス材料とはならない。新書という限られたスペースの中で、代表的な判例を要領よく盛り込んで、憲法の思想と論理のアウトラインを示すことに成功している。その手腕は見事である。

前の二冊は判例を取り上げなかったので、本書を読むと憲法学において判例の果たしている重要な役割が非常によくわかる。また、「立法目的」と「それを達成するための手段」という観点から立法の合憲・違憲を考えようとする視点が貫かれており、それは憲法学を学ぶ者にとっては当然のことかもしれないが、専門外の僕の目にはとても新鮮に映った。民主主義と立憲主義の緊張感に関する件(p.144)はとても勉強になった。バークの立憲主義が反民主主義を帰結する根本的な理由はこの点にあったわけだな。

著者によれば、(「法の支配」と並ぶ近代立憲主義の根本思想である)「個人の尊厳」「基本的人権の尊重」には、「そもそも国家や政府は人権の享有主体になりえない」(p.159)という考え方が含まれている。「国家には自衛権がある」ことがしばしば指摘されるが、「国家がかりに自衛権があるとするならば、国家という抽象的な存在から考えるのではなく、他国の軍隊によって侵略された場合に、人々にどのような結果をもたらすかという観点から、自衛権を再構成しなければなりません」(p.159)。

なるほど。憲法学ってこんなふうに考えるわけか。考え方が重要なのね。考えること(考え方)を考える。そのような哲学的魅力を憲法学は秘めている。もっともっと憲法学を勉強したくなってきた。

憲法への招待 (岩波新書)

憲法への招待 (岩波新書)

評価:★★★★★

*1:それは僕が公的な(統治)権力よりも私的な(社会的)権力がもたらす専制のほうに強い警戒心を抱いているせいだろう。