社会思想史教科書の原稿を執筆する際、参考文献として立憲主義と人権に関する入門書(新書)を連続して三冊読んだ。いずれも平明でありながら啓発力に富む素晴らしい内容で、たいへん勉強になったが、とりわけ興味深かったのは、思想的立脚点が三冊三様で、同じ事柄が論者次第でまったく異なった色によって描かれていたことである。
本書は人権概念の普遍性に懐疑的ないわゆる「右」「保守派」の解釈を提示している。前半は立憲主義と人権という思想の歴史を概観している。保守主義の思想家エドマンド・バークが高く評価されている反面、急進主義の思想家トマス・ペインやフランス人権宣言に対する評価は低い。後半は普遍的で抽象的な人権概念が現代社会にもたらしている様々な問題を概観している。子供の無軌道化・家族の死滅・男女の性差の否定などは人権という概念のイデオロギー性(個人の尊厳→エゴイズムの正当化)*1がもたらしたものだと著者は指摘する。
僕はバークの研究者なので、著者の思想的立場にはかなりの共感を寄せている。人権という概念のイデオロギー性に免疫をつけておかなければ、著者が懸念するように、あらゆるエゴイズムが人権の名によって正当化されてしまいがちだ。しかし、本書を読んで単純に「人権という思想はエゴイズムを正当化するから危険だ!」と思い込む読者がいるとすれば、その人に対しては警鐘を鳴らしておきたい。ぜひとも同じテーマを扱っていて思想的立場の異なる本も読んで視野を拡げてもらいたい。ある本を評価する場合、その本が何について語っているかよりも、何について語っていないかに注目するほうが、その本の本質をより正しく理解できる場合がある。本書には生存権に代表されるいわゆる「社会権」への言及が皆無である。格差、ホームレス、ワーキングプアといった弱者をめぐる問題について本書は何も語ってくれていない。僕はこの点に大いに不満を感じるが、これは著者に対する不満ではなく、保守思想それ自体に対してずっと抱いている不満なのである。
なお、樋口陽一は「人権を議論するときに、この「ゴマカシ」=フィクション=建て前という観点は、決定的に重要である」(『一語の辞典 人権』p.63)と述べているから、著者がどんなに人権のフィクション性を告発しても、樋口には痛くも痒くもないであろう。
- 作者: 八木秀次
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2001/06
- メディア: 新書
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