学生(大学院生)時代、著者のゼミに3年間参加させていただいた。就職後も翻訳の仕事(『エスニシティと経済』)のメンバーに誘っていただいた。そういう意味で著者は僕の恩師の一人と言ってよい。今でも年賀状を交わしあう親しい関係である。
僕はかなり以前(幼少時)から在日コリアン問題には強い興味を持っていた。それは学術的興味ではなく個人的興味にすぎないものだった(詳細は省略)が、「知りたい」「学びたい」という気持ちに抗しきれず、イギリス思想史の研究に専心すべき立場でありながら、著者のゼミに長期間にわたって参加させていただいた。このテーマに関係する書籍は今でも断続的に読んでいるが、あえて今この時期に本書を手に取ったのは、ちょうど「人権の思想史」に関する原稿を書いている最中で、外国人の人権について有益な知見が手に入らないかと期待したからだ。残念ながら原稿に使えそうなネタを見つけることはできなかったが、それでも全然かまわない。久しぶりに朴節を堪能させてもらった。
本書では在日コリアンの置かれている現状(様々なハンディキャップ)が様々な角度から紹介・分析されている。既発表の論文を加筆・修正の上で一書にまとめたもので、ルポ/エッセイ的な論考と統計データを駆使した学術的な論考とが混在している。そのため、章ごとに語りのトーンが異なり、そこにとまどいを感じる読者もいるかもしれないが、興味のある章を拾い読みするだけでも十分に意味がある。特に在日コリアンの国籍に関する複雑な背景や通称名の位置づけについては、本書を通じて、一人でも多くの日本人に正しい知識を得てもらいたい。
著者ご本人を知っていることもあり、あえて断定調で記させてもらうが(誤解だったらごめんなさい)、本書の核心は「在日を消滅させないために」(pp.102-3)に尽きている。民族的属性を維持したまま堂々と胸を張って生きられる(在日コリアンであることをアイデンティティとして積極的に受け入れ開示できる)社会こそ真の多文化共生社会である。日本がそういう社会へと着実に発展していって欲しい。これこそが著者のいちばんの願いであり、著者が読者にいちばん伝えたいメッセージなのだ。戦後補償問題などのホットなトピックに著者は様々な場面で(本書でも)積極的に発言しているために、こうした希望に満ちた力強いメッセージがやや背景に退きがちなのが、僕としては残念に思う。
「在日コリアンを知ることは、日本社会を別の角度から点検する行為である」(p.217)と「あとがき」に書かれているが、本当にその通りだと思う。我々が日本人として生きていくことのアイデンティティを探究する上で、在日コリアン問題は格好の材料を提供してくれている。僕が在日コリアン問題への関心を保ち続けているのも、案外、このあたりに理由があるのかもしれない。誰でも同じだと思うが、やはり誇りを持って生きたい。自分の人生にイエスと言いたい。
どうやら僕にはアイデンティティ問題にこだわっている人たちの作品を偏愛する傾向があるようだ。阿部謹也の世間論しかり。辻井喬の小説しかり。今さらながらに気づかされた。
- 作者: 朴一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2005/11/18
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