乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

池田清彦『科学はどこまでいくのか』

高校生向きに書かれた科学史・科学論入門。名著・岩田靖夫ヨーロッパ思想入門 (岩波ジュニア新書)』(岩波ジュニア新書)の姉妹図書(科学版)と言えるだろう。

前半では主として科学史にウェイトが置かれている。プラトンアリストテレスの相違、ニュートンデカルトの相違、種に関する実念論と観念論の相違を簡潔に整理してくれているのは、僕のように「教養としての科学史」を必要としている者にとって、たいへんありがたい。ポパー反証主義、クーンのパラダイム論の解説もわかりやすい。

・・・ニュートンの理論は現代科学とは違う。現代科学の最大の特徴である、知識の累積性、すなわち科学の雪だるま式膨張性を、ニュートン理論はまだ持っていなかったからである。
・・・。
デカルトは神の存在証明を行ったけれども、実質的には、神を棚上げして(すなわち神は世界創造の時に必要なだけで)、世界は物理法則だけで動くと考えたわけだ。・・・。
ニュートンは、こういうデカルトに反発を感じていたという。ニュートンにしてみれば、万有引力の法則が成り立つのは、いつでもどこでも神がいて、万有引力の法則をあやつっているからなのである。
デカルトの[心身]二元論は、ニュートン科学には希薄であり、現代科学の大きな特徴である知識の累積性につながってゆく。(pp.76-80)

後半では主として巨大化・制度化した現代科学への批判にウェイトが置かれている。「自己増殖性(知識累積的な膨張)という本性をもつ科学を、いかにコントロールするか? いかにして巨大科学を投身大の科学へ変換するか?」という問題をめぐる省察。人々の欲望の質を定常的なもの・リサイクリックなものに変換する必要があり、それは地方分権・参加民主主義を基礎とする新しい政治システムを構想することによってしか解決しない、と著者は主張する。今さらながらに気づいたのだが、188ページ以下の欲望論が『正しく生きるとはどういうことか―自分の欲望を上手に解放するための22章 (新潮OH!文庫)』といった哲学的著作へと発展していったようだ。

全体として、高校生にはとても読み通せない、クオリティの高い議論が展開されている。学部3・4回生が読んでも、難しく感じるだろう。しかし、何度も読み返される価値のある(特に前半)良書だと思う。第5章の時間論の議論はやや煩瑣な気がするけれども。

評価:★★★★☆