乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

アレクサンダー・ロックハート『自分を磨く方法』

たまには気まぐれで自己啓発(成功哲学)本なども読んでしまう。

堂島のジュンク堂に立ち寄ったところ、平積みされているのがふと目に留まり、衝動買いしてしまった。第1刷が2005年8月20日発行で、僕が買ったのは2006年4月10日発行の第16刷だから、かなり売れているようだ。買った後で知ったのだが、ヤンキース松井秀喜選手が高校時代の恩師から贈られた本として有名らしい。道理で売れているわけだ。

本書は人生の幸せを手に入れるための50のヒントを、随所に寓話的エピソードを織りまぜながら、やさしい口調で読者に説いている。1項目が2ページで完結する。活字も余白も大きい(+訳文もこなれている)ので、一、二時間で読み通せるが、イメージ写真が多いことからしても、詩集のように何度もじっくり読み返されることが期待されているのだろう。帯の惹句には「あなたは素晴らしい可能性を秘めている。…十年かけても身につけて欲しい、成長の黄金律」とある。

50のヒントは1つのシンプルなメッセージに集約される。すなわち、自分の可能性を信じて努力を続ければきっと願いは叶う、というものだ。ポジティブ・シンキングの推奨。あまりに凡庸な気がするが、この種の本であればメッセージの中味の凡庸さは宿命だろう。頭ではわかっていても何らかの理由で(勇気がなくて、プライドが邪魔して、etc.)身体が動かない。なぜかわからずいつもイライラしている。主としてそういう人のために書かれているわけだから、凡庸すぎる真実をいかにして読者の心の奥底に宿らせるかが肝要だ。本書は、その点で言えば、押しつけがましくない柔らかな文体と、同一テーマの反復*1によって、著者のメッセージが読者の心に徐々にではあっても確実に染みこんでいくように、巧く構成されている気がする。

会社をやめる理由として一番多いのは「職場の人間関係の不満」だとしばしば耳にする。人間関係の処理は人生の幸福に直結している。職場の具体的な個人(特に「苦手な人」「やっかいな人」)を思い浮かべながら、人間関係をめぐる諸項目*2を読むならば、見慣れているはずの職場(の人間関係)がまったく違った様相で立ち現れてくるはずだ。*3そして、すぐにでも自分の職場での立ち居振る舞い方に応用できるだろう。これらの項目があるのとないのとでは、本書の印象は根本的に違ってくる。僕個人に関して言えば、怒りや不満といった感情のコントロールをもっと巧く行ないたい。本書を通じてそのことの重要性をいっそう強く自覚するに至った。

自分を磨く方法

自分を磨く方法

評価:★★★☆☆

*1:5「成功を確信する」→40「ポジティブ思考を心がける」→44「ネガティブな予想をしない」→45「楽天的になる」 / 7「努力を重ねる」→11「粘り強く挑む」→26「苦闘を大切にする」→28「さらにもっと努力する」 僕はこの点に「ひつこさ」を感じて、少しばかり興ざめしている。そこが評価上の減点対象である。

*2:8「励ます」、13「怒りをコントロールする」、16「批判にうまく対処する」、20「他人のうわさ話をしない」、31「正直に徹する」、39「親切心を持つ」、42「チームワークを大切にする」、49「許す」など。

*3:学生の場合は「職場」を「学校」に置き換えてもらってもかまわない。