民間人校長(杉並区立和田中学校)として奮闘中の著者がサラリーマン時代*1に発表したエッセイを集めたもの。人生における幸福、仕事と家庭、職場の人間関係(コミュニケーション)といった身近な話題が、簡潔で軽妙な筆致で綴られている。文体と同様にメッセージもまたシンプルだ。しかし、民間企業で長く働いてきた経験の蓄積が、シンプルなメッセージに非凡な力強さを与えている。僕なりにまとめてみれば、こんな感じになるだろうか。
面白い仕事も人生の幸せも完成品として転がっているわけではないから、それらを「選ぶ」「探す」のではなくて「作る」ことを「決断」しよう。そうすればあなたは自分の仕事と人生の主人公になれる。「決断」への「動機づけ」は本当のコミュニケーションからしか生まれない。そのためにはあなたからエネルギーを奪う人と付き合うべきでない。上辺だけの人間関係と(深いところで通じ合える)本当の人間関係とを見極めるべきだ。前者を断ってでも後者のための時間を確保する勇気が必要だ。
特に印象に残った記述をいくつか紹介しておきたい。
苦しいこともあるけれども、続けてやってみた結果として「キャリア」になる。「キャリア」っていうのは、あくまでも「よし、やるぞ! という決断」と「忍耐強く続けた行動」の軌跡、つまり結果に過ぎないからだ。(p.24)
会社の中では、仕事をしている人をなるべく動機づけ、組織の士気を高めるために、さまざまな賞賛の体系が用意されている。…。
夫婦関係の維持が難しくなってしまうケースは、このような称賛の体系が崩れてしまうことが大きな原因のひとつだと思う。
仕事をやっているときのほうが、家にいるときよりも、自分のやっていることに対する評価がはっきりしていて勇気づけられるとすれば、自然そちらに意識の大半が向いてしまっても不思議はない。(pp.108-110)
ケータイもPCも、名刺も会議もテレビも新聞も、お葬式も結婚式もみな、人間同士のコミュニケーションを深めるための「手段」である。ネットだってそうだ。
ところがいつしか手段が自己主張をはじめ、手段のためのコミュニケーション世界が生み出されてしまった。そしてそこに、手段のために存在感をかける人たちが現れた。(p.125)
仮に私たちが新しいモノ好きで、新品ばかりを買いそろえるタイプの両親だったらどうだろう。何か欲しけりゃ買えばいい、飽きてしまえば捨てりゃいい。不便になったら買い換えろ。
そんな態度も必ずや伝播する。…子供たちは〔よのなか〕を完成品の集合体だと勘違いしてしまうだろう。
そして、自分はただベストチョイスだと思われるものを選択するだけで、〝幸福〟が自動的に手に入るはずだと思うかもしれない。そして自分に合うものがないと、いつまでも嘆くのだろう。(p.207)
我々がいかに「選択」という価値に強くとらわれているのかに、改めて気づかされた。選択と幸福とのトレードオフ関係については、僕自身、これからさらに思索を深めてみたい。また、第2章の「エネルギーを奪う人」の21類型を、沼上幹『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために (ちくま新書)』の登場人物たちと比べてみると面白いだろう。学者の発想・見方とビジネスマンの発想・見方の違いがよくわかる。
- 作者: 藤原和博
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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