乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

中野民夫『ファシリテーション革命』

かれこれ4年ほど、本業の経済思想史研究と並行して、ビジネス倫理の研究に従事して(させられて?)いる。はじめのうちは、どこから手をつけてよいのやら、まったく見当がつかなかったが、企業不祥事をいろいろと追いかけるうちに、不祥事を誘発しやすい組織文化(組織風土・社風)のパターンが気になりだした。

概してそれは、社員間のコミュニケーションの貧困によって、経営リスクに関わる情報が寸断・滞留・隠蔽・忘却されてしまうような、風通しの悪い(硬直化した)組織である。このような組織では、リーダー*1が自分の任務を「勘違い」している場合が多いように思われた。どうも彼らは現場の最前線の社員の管理・指導・命令を任務だと思っている節がある。しかし、その管理・指導・命令が適切であるには、リーダーが管理・指導・命令のための材料(経営リスクに関する現場の情報)を十分に収集できていることが前提である。そのように考えるならば、コミュニケーションの結節点であることを組織リーダーの本業として捉えなおす必要があるのではないか? このような疑問がふつふつと湧いてきて、組織リーダー像の変革というテーマに興味を持つようになった。

参加・体験型の学びの場である「ワークショップ」*2の進行役である「ファシリテーター」という存在についてはかなり前から知っていたが、最近になってようやく「ここに新しいリーダー像のモデルがある!」と直感するに至った。そんな僕の直感の正しさ*3を確証してくれるかのように、本書の「はじめに」で次のように述べられている。

ファシリテーション」とは、もともと「促進する」「助長する」「(事を)容易にする」「楽にする」という意味の英語「ファシリテート(facilitate)」の名詞形である。したがって、その機能を担う人、「ファシリテーター」とは、「進行促進役」というような意味だが、ただの司会や進行役ではない。今、時代の転換期の中で、新しい重要な役割を担い、様々な世界で注目され始めている。
ファシリテーターは教えない。「先生」ではないし、上に立って命令する「指導者」でもない。その代わりにファシリテーターは、支援し、促進する。場をつくり、つなぎ、取り持つ。そそのかし、引き出し、待つ。共に在り、問いかけ、まとめる。
・・・複雑で困難な課題が山積みの現代、一部の権威や専門家だけでは到底解決できないことばかりの時代に、私たち今を生きる一人ひとりの経験や知恵や意欲を引き出し、グループや組織の大きな力へと編み上げ、活路を切り拓いていく新しいタイプのリーダーの機能として、今、「ファシリテーション」は大きな期待を集めている。
・・・上に立って教えたり命令したりするだけの従来型の大きくて強いリーダーシップは、もはや時代遅れになりつつある。命令したり引っ張ったりの「指導」だけでは、一人ひとりの主体性も育まれず、人も組織もなかなか活性化しないことがわかってきた。個性を育み、多様な個性を尊重しながら、チームとしての力を発揮するような、引き出し、促進し、まとめていく「支援」型のリーダーシップが必要になっている。(pp.iv-v)

本書は、名著『ワークショップ―新しい学びと創造の場 (岩波新書)]』*4の続編であり、ファシリテーションの技術や心得の基礎を初学者向きにまとめたものである。著者は博報堂の社員であり、ファシリテーションを利用したブランド構築ビジネスなどで大きな成果をあげている。

ファシリテーションは学校教育、社会教育、NPO/NGO、市民活動など様々な分野で応用可能である。著者自身はファシリテーションによる世界の平和の促進を展望しており、だからこそファシリテーションを「持続可能な社会づくりのための静かでやさしい革命」とまで言うのである。したがって、本書をビジネス倫理との関連だけで読むのは邪道であるが、このことは声を大にして言っておきたい。経済のグローバル化の進展とともに、プロジェクトごとに様々な国籍の人、文化的背景の異なる人とチームを組んで一緒に仕事をしていくことが、ますます増えていくし、重要視されていく。そうであれば、「異質の文化やセクターを、中立的な立場でつなぎ、調整し、取り持つコーディネーター役」(p.24)としての「ファシリテーター」の役割は、すべてのビジネス・パーソンに求められる資質であるはずだ、と。

ビジネス倫理の研究者としてではなく、一人の教師として本書を読む場合、アクティビティや小道具の紹介が嬉しい。次年度の「経済学ワークショップ」でさっそく使ってみたい。授業の楽しさがきっと増すはずだ。また、僕はゼミ運営において時間管理が上手いほうではないので、時間管理の技術の紹介(p.84f)もとても有益だった。

ファシリテーション革命 (岩波アクティブ新書)

ファシリテーション革命 (岩波アクティブ新書)

評価:★★★★★

*1:ここではトップではなくミドルを念頭に置いている。

*2:「とりあえず、「ワークショップとは、講義などの一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学び合ったり創り出したりする、双方向的な学びと創造のスタイル」と定義しておきたい」(p.40)。

*3:ファシリテーター型リーダーの時代』という本(注文中)も出ているくらいなので、単に僕が無知だったに過ぎない。

*4:旧「乱読ノート」2004年1月 http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nakazawa/reading2003.htm