乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

養老孟司『死の壁』

養老孟司の新潮選書第2弾。ただし、僕が本書を読んだのは『バカの壁』『超バカの壁』に次いで3番目。(身体に代表される)自然の軽視、都市化・情報化の進展が、死に対する私たちの考え方に大きな歪みをもたらしていることを、死にまつわる諸問題をさまざまな形で取り上げながら説き明かしてくれている。口述筆記という成立事情から、厳密な議論を期待するのは筋違い。これまで当たり前だと思い過ごしてきたことが、実は当たり前ではないこと――「ほぉ、こんな見方・考え方もできるんだ」という知的興奮――を素直に楽しむべきだろう。賛否はしばらく横に置いて。

いちばん印象に残ったのは、繰り返し語られていたせいもあるのだが、「人間は日々変化するものであり、「変わらない自分」が死ぬまで一貫して存在しているという考え方は単なる思い込みだ」という件(第2章)と「理不尽なことに対して「仕方がない」と考えるのは大切なこと。それが知恵だ」という件(終章)だ。すごく身にしみる。素直に受け入れられる。数年前の僕なら絶対に受け入れるはずのなかった考え方だと思う。少なくとも僕は日々変化している。

どこかで一度聞いたような話も多い。これも口述筆記という性格上、仕方のない(?)ことだろう。死体の人称に関する件(第4章)は、鷲田清一さんの言っていることに近いし、世間や共同体に関する件(第5・6章)は、阿部謹也さんや浅羽通明さんの世間観の言っていることに近いように思われた。靖国問題(p.47, 109)の見方も面白く共感できたけど、養老さんのオリジナルではなく、すでに誰かが言っていることなのかもしれない。

2年前の今頃、ゼミ3期生のM川君が死生観についての卒論を書き上げた時、本書はすでに刊行されていたが、僕が未読だったために紹介できなかった。もし紹介できていたら、もうワン・レベル上の卒論になっていたかも。

死の壁 (新潮新書)

死の壁 (新潮新書)

評価:★★★☆☆