イラストレーター&エッセイストの南伸坊さんを生徒役にして、河合隼雄先生が心理療法の個人レッスンを講じる。本書は、南生徒の書いたレポートと、そのレポートに対する河合先生のコメントから成り立っている。全13講。
とにかく、文章が平易で、読みやすい。心理療法の基本的な考え方が素人にもよくわかる。最初の3章が心理療法の歴史に割かれており、いわゆる「心理学」との違いを明確に説いてくれていることは、学問史に興味のある僕にはたいへんありがたかった。心理学は客観科学を目指した結果、(目に見える)人間の行動を扱って、(目に見えない)心を問題にしなくなった、とのことだ。自分の頭の中にあるものを、口からコトバにして「出す」ことがミソの心理療法とはだいぶ違うな。
南さんがこんなエピソードを紹介している。身につまされる。
精神的に不安定な友人から電話がかかってきたことがありました。どうもその友人は仕事運が悪くて、とにかくいつもひどい扱いを受けている。我々はそれにとても同情しながら、あんまり不運なので、その話をネタに、本人と一緒に笑っていたのである。
「世の中には、こんなに不運というものがある」我々が面白がるので、友人もさらに、もっとヒドイこともあった、と、さらに自分が出会った悲惨な目を、面白おかしく話して大笑いしていたんです。
ところが、しばらくして、私が知っている別の友人にヒドイ目にあわされたという電話をしてくるようになった。(おかしいな、アイツはそんなヤツじゃないけれども)と聞いていたんですが、どうも客観的にいって、電話の主の方が、ムチャをしてるらしい。
極力なだめるように、しかも君にも非はあるよ、と遠回しに言った途端、電話はプツリと切れて、それきりかかってこなくなりました。
私は忠告のつもりでしたが、思うに友人は、そんなセリフを聞きたいために電話をよこしたんじゃないらしい。私は以前と同じように、その友人の「悲惨な目」をともに笑ってあげればよかったのです。
今も電話はかかってきません。私のほうは彼を友人と思っているけれども、彼にとって私は「裏切り者」になってしまっているそうです。心の病というものは悲しい。それが病気だとわかっていても、「裏切り者」にされてしまった側にも、わだかまりが生じます。
理性ではわかっても、感情はわだかまる。これが体の病気であったなら、むしろ強まりはしても、友情にヒビの入るようなことはないっていうのにね。(pp.100-101)
なお、第1講で紹介されているメスメルという人物は、大革命前夜のフランスでメスメリスム(動物磁気催眠術)を大流行させたメスマーのこと。ロバート・ダーントン『パリのメスマー』で詳しく紹介されているが、現時点では残念ながら未読。近いうちに読みたい。
- 作者: 河合隼雄,南伸坊
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/08/28
- メディア: 文庫
- クリック: 19回
- この商品を含むブログ (41件) を見る
評価:★★★★☆