乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

和田秀樹『大人のケンカ必勝法』

タイトルに「ケンカ」という物々しい文字が躍るが、もちろん殴り合いのケンカに勝つ方法ではなく、サブタイトルにもあるように、特に会社内の(ビジネスマン人生における)「論争・心理戦」で勝ち(生き)残っていくためのテクニックを、主として心理学・精神医学の立場から、平易にまとめたものである。

成果主義、競争原理、実力主義が高らかに謳われるようになればなるほど、人間関係や感情面の変化を重視しなければならない。成果を上がる、結果を出すことは当然だとしても、それによって同僚の怨みを買い、不必要な敵を増やし、長期的に見れば損をしてしまう場合も少なくない。それでは勝った意味がなくなる。

勝てないケンカを選ばないこと、負けを目立たせない(最小被害で食い止める)ことが大切だ。もし勝ったとしても、勝ってから本当の勝負が始まる。負けた相手をどう味方につけるか。勝ったあとの自分の評価をどう高めるか。ケンカの相手やギャラリーの心理的ニーズを読むことが重要だ。

ケンカには必ず勝たなければならないわけではない。「勝つ人間」よりも「負けない人間」が勝ち残る。9章1敗より1章9分けのほうが勝率は高いのだから。

当たり前のことばかりが書かれているように思えるが、当たり前のことほどなかなか実行できないものだ。ケンカの際には感情に流され冷静さを失っている場合が大半だ。しかし、生きるためのヒントとして、使えそうなものから使っていこうと心の片隅に留めておくだけでも、別の未来につながる可能性は高くなるはずだ。著者も読者にそれを望んでいる。

評価:★★★☆☆