乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

中澤英彦『はじめてのロシア語』

来年度、諸般の事情でロシア語の外書講読を担当することになった。学部学生時代、第二外国語として選択したロシア語は、いちばん力を注いだ科目の一つだったが、イギリス経済思想を自分の専門領域として選んだため、大学院進学後はすっかり縁遠くなってしまった。以来十余年もの長いブランクが横たわっているので、さすがにカンが鈍っている。勉強を再開するにあたり、まずは初級文法の復習から始めようというわけで、手に取ったのが本書である。

本書は講談社現代新書のラインアップの一つとして1991年5月に公刊された(現在絶版)。公刊当時僕は大学4回生。院試(第二外国語)対策として読んだ記憶がある。16年ぶりの再読ということになる。年末年始の休暇を利用して一気に読み通した。

当時はまったく気付かなかったのだが、なかなか個性的な入門書だ。新書ゆえの紙幅の制約もあるのだろうが、あえて網羅的であろうとしていない。関係詞・従属節・仮定法などの文法事項を大胆にもカットし、その代わりにロシア語の基本発想の説明に多くのページを割いている。具体的には、生格の特徴としてのあいまいさ、定動詞と不定動詞、完了体と不完了体の説明がすぐれている。日本語との類似点の頻繁な指摘は、ロシア語への親近感を初学者に涵養するうえで非常に効果的だ。「春はあけぼの」(枕草子)の英訳とロシア語訳の比較すれば(p.202)、英訳よりもロシア語訳のほうが日本人の心情にはるかにマッチしていることは誰の目にも明らかだ。

マーケットの狭さゆえ、もともとロシア語の入門書はアイテム数が少なく、お薦めできるような良書とはめったに出会えないが、本書は稀に見る好著である。旧ソ連邦が存続していた時期に執筆されたものなので、内容的に古くなっている箇所も少しばかり見受けられるが、だからと言って絶版のままなのはもったいない。増補改訂新版を切望する。

はじめてのロシア語
作者:中澤英彦
出版社/メーカー:講談社
メディア:新書

評価:★★★★☆