久々の更新である。
僕は「経済学説史」担当教員として現在の勤務先の大学に採用されたが、その「経済学説史」が「西洋経済史」や「社会思想史」などと並んで歴史系科目に分類されている関係で*1、今のところ僕には「マクロ経済学」や「ミクロ経済学」といった理論系科目を講義する機会が与えられていない。
機会が与えられていないことに別段不満を感じているわけではないのだが、文献学的アプローチで研究を進めている僕には、研究で理論経済学の知識を使用する機会がほとんどなく、そのうえ理論系科目の授業担当もないとなると、放っておくと何もかも忘れてしまいそうなのだ。「使わへんねんやったら別にいらんやん・・・」という意見もあるだろうが、1回生に「必要です!」と履修を義務づけている科目を、教員である僕が「別にいらんやん・・・」と開き直るわけにはいかない。おおよその内容くらいは常に頭の中に入れておきたい。そんなわけで、定期的にマクロやミクロの入門書に目を通して、知識の更新と忘却防止に努めている。
本書はタイトルから明らかなようにミクロ経済学の入門書である。amazon.co.jpの読者レヴューでは極端なまでに賛否が分かれている。僕としては、入門書を標榜している本書を、「網羅的でない」「これだけでは資格試験を突破できない」といった理由で批判するつもりはない。入門書の目的は、その科目に関する予備知識を持ち合わせてない初学者に対して、その科目の全体像と基本的な考え方を説明し、その科目への興味と関心を喚起することにある。果たして本書はこの意味での入門書の名に値するか?
「序章 基礎的概念の把握」は素晴らしい出来ばえである。「微分」「関数」「限界」「弾力性」といった基礎的概念を丁寧に説明している。「限界代替率」と「限界費用」は初級レベルのミクロ経済学の最重要概念だが*2、その前の「限界」概念で躓いてしまっている学生は本当に多いのだ。著者はそれを十分に認識している。さすがである。「第4章 部分均衡分析」の「ワルラス的調整過程」「マーシャル的調整過程」、「第8章 所得分配」の「ローレンツ曲線」「ジニ係数」の説明も簡潔でわかりやすい。
しかし、本書の場合、すごく丁寧に作られている箇所とそうでない箇所との落差があまりにも大きい。看過できない初歩的なミスあるいは不備も相当数存するように思われる。
「最初の無差別曲線uに接するように引く」(p.49)はどう考えても間違いだろう。接していない。誤植もけっこうある。僕が気付いただけでも、次の4箇所。
- ×「まずは小さくなる」(p.44)→○「まずP1/P2は小さくなる」
- ×「といことになる」(p.57)→○「ということになる」
- ×「飯沼のPビール/Pやきとり」(p.99)→○「飯沼のMUビール/MUやきとり」
- ×「公園ひつ」(p.107)→○「公園ひとつ」
多くのグラフで縦軸・横軸の単位名が省略されているが、入門書では絶対に省略してはならないと思う。129ページのグラフをいくら凝視しても、「消費者余剰」「生産者余剰」「政府の収入」がそれぞれグラフのどの領域を指しているのか判然としない。色分けが絶対に必要なのに、なぜかそうなっていない。
「企業にしてみれば「生産量」が「効用」みたいなもの」(p.65)という一節はミスリーディングだろう。「生産量」ではなくて「利潤」とするべき。p.68の数式の変形もこれだけではわかりづらい。「AVC曲線の最低点をMC曲線が通る」(p.76)、「AC曲線の最低点をMC曲線が通過する」(p.77)理由については、明らかに説明不足であり、この説明を端折るべきではないだろう。公共財(p.104)の説明も工夫の余地がまだまだある。わかりやすいとは言えない。pp.127-8の記号Yoの説明がない。
このように本書にはメリットも大きいが、デメリットも大きい。「タイトルの通り本当に落ちこぼれの私でも理解でき、 感激しました」「今まで読んでいた教科書は一体何!?というくらいスラスラ理解できて嬉しかったです」というレヴューを寄せた読者は、一体何を「理解」したのだろうか? しっかり考えて読んだのか? しっかり考えて読んだのなら、手放しで褒められないはずだ。
僕自身は本書から多くを学んだし、読んで良かったと思っているが、残念ながら本書は決して「落ちこぼれでもわかる」本ではない。*3元落ちこぼれ*4が言うのだから間違いない。
落ちこぼれでもわかるミクロ経済学の本―初心者のための入門書の入門
- 作者: 木暮太一
- 出版社/メーカー: マトマ商事
- 発売日: 2006/07/01
- メディア: 単行本
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評価:★★☆☆☆