乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

文春新書編集部編『論争 格差社会』

ここ数年世論をにぎわせている格差論争。この論争の全体像を知る上で重要だと思われる論文・対談を12本収録している。著者・対談者の立場は多岐にわたっており、読者はこれ一冊で格差社会の様々な側面に触れることができる。たいへん便利な一冊だ。個人的には竹中平蔵氏と宮崎哲弥氏の対談、日垣隆氏の論文に強く啓発された。規制緩和によって格差が拡大したとする主張によく用いられるタクシー業界の例*1に対する批判(p.25, 233)は真摯に受け止めなければならないだろう。全体として、規制緩和ニートとの関連については多くのページを費やしているが、資産格差少子化といったトピックは軽く扱われている。もし本書の第二弾の出版があるのなら、後者のトピックとの関連について多くを費やしている論文を収録してもらいたい。いちばん印象に残ったのは、小谷野敦氏の以下の発言である。「何をどう教えればいいのか?」をめぐる大学教員の苦悩は格差論争の系論として生じているとも言えるのだ。

法政大学教授の金原瑞人尾木直樹は、学力低下など大した問題ではない、などと言っているが、無責任な話で、たとえ学生が英語その他碌な学力もないまま大学を卒業し、そのために苦労しても、金原や尾木は何の責任も問われないわけで、中学生レベルの教科書を使って面白おかしい話でもして簡単に単位をあげていれば、学生による授業評価でも「楽しい授業でした」などといいことも書いてもらえるし、大学教師というのは厳しい教育をしなくても何のお咎めも受けない仕事なのだ。逆に、学生の将来のことを思って厳しく授業をすれば、授業評価で悪口を書かれたりするのだから、当人に職業意識がなければいくらでも楽ができてしまうのである。(p.138)

論争 格差社会 (文春新書)

論争 格差社会 (文春新書)

評価:★★★★☆