乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

河合隼雄『無意識の構造』

同じ著者による『コンプレックス』*1の姉妹書と言ってよいもので、前半は『コンプレックス』の圧縮版となっている。ただ、力点の置かれ方が違っていて、本書ではコンプレックスにはわずかしか触れられず、普遍的無意識(元型)に後半の多くのページが割かれている。著者自身が「本書のすべてはその[=普遍的無意識]の説明のために書かれるようなものだ」(p.34)と断っている。

それでは、その「普遍的無意識」とは何か?

フロイトはヒステリー患者と接することを通じて、無意識の心的過程の重要性に気づき、その原因として性的な外傷体験の存在を考えた。そして特に根源的な経験として幼年期の性的衝動の抑圧(エディプス・コンプレックス)を重視した。しかし、分裂病者が述べる妄想や幻覚を幼年期の経験と関連づけることに困難を感じたユングは、やがてフロイトの説から離反し、個人的無意識の領域のさらに奥層にある普遍的無意識の領域に着目する独自の立場を確立した。ユング分裂病者の妄想や幻覚を研究するうちに、それらが世界中の神話や昔話などと、共通のパターンや主題を有することに気づいたのだ。

この普遍的無意識の領域には思いがけないものが存在している。「グレートマザー」「影」「アニマ/アニムス」等々。それらは私たちの生活行動に様々な影響を及ぼしているのだ。

先ほど「前半は『コンプレックス』の圧縮版」と書いたが、圧縮されて読みにくくなったわけではない。「コンプレックスとは何か」についての説明は、むしろ本書のほうがうまい。

・・・人は感情的なこだわりをもつとき、意識のはたらきの円滑性が失われるのである。たとえば・・・この人が馬にけられた恐ろしい体験をもっており、父親もこの人にとって恐ろしい人であるときは、知的には結びつかない父親と馬とが恐怖という感情によて結びついてしまう。しかも、そのような連結は次々と拡大されて、馬にけられたときに、馬がつながれていた松の木に、あるいは、父親と同じく髭のある先生に、と関連づけられる。
この連結の強度が強くなると、松の木を見るとなぜか知らないが嫌な気分になったり、先生が実はやさしい人であるのに、わけもなくこわがってしまったりする。その人の行動は、他からみると常識はずれの変な行動と見られることになる。このように、なんらかの感情によって結合されている心的内容の集りが、無意識内に形成されているとき、それを「感情によって色づけられたコンプレックス」と、ユングは名づけたのである。これをのちには略して、コンプレックスと呼ぶようになった。それは身体組織の中にできた癌のように、はびこりだすと意識の正常なはたらきを妨害するのである。(pp.15-6)

河合さんの本はどの本も「これまでの自分の人間理解が何と一面的であったか!」と反省を促してくれる超一級の教養書である。

無意識の構造 (中公新書 (481))

無意識の構造 (中公新書 (481))

評価:★★★★★