乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

古厩忠夫『裏日本』

本書に関しては、amazon.co.jpの読者レヴューの質が非常に高くて、それ以上付け加えるべきことがほとんど思い浮かばない。ぜひそれらを参照してもらいたい。それらと内容的に重なってしまうけれども、自分のためのメモを残しておくことにする。

本書は、新潟大学に勤務する著者(専門は中国近現代史)が、いわゆる「裏日本」(日本海側、特に北陸・山陰)の視点から日本の近現代を問いなおそうとした野心作である。

「裏日本」と「表日本」(太平洋ベルト地帯)との間に存在する巨大な経済的格差は、決して自然発生的なものでない。格差の根本原因は、前者から後者へのヒト・モノ・カネの移転システム(搾取のメカニズム)が明治維新後に国策として採用され、確立され、しかも高度成長期に再び強化されたことにある。格差の拡大は、「裏日本」の「表日本」に対する劣等意識を生み出したが、それは時として不健全な被害妄想へと転化し、大陸進出や利益誘導型政治(田中角栄)のイデオロギー的擁護論を生み出した(いわゆる「裏日本イデオロギー」)。著者のこのような分析手法は、西洋経済史における従属理論・世界システム論を日本の近現代史に応用したものと言ってよいだろう。

著者は「「裏日本」の歴史の検討は、今日なおつづく、経済性=利潤・効率最優先の日本の近代化を相対化する確かな視座を提供するものである」(p.12)と説く。「裏日本」であることを克服するための方法論(終章「「裏日本」を超えて」)は、産業主義的なもの(その象徴的存在としての原発の受け入れ)であってはならない。産業主義のヒエラルキーのなかで上昇することを目指すのではなく、ヒエラルキーから離脱して新たな価値観に立つことによって、克服しなければならない。著者が提起する対案は、理論的には「内発的発展論」として知られているものであり、具体的政策としては「環日本海地域交流」(アジアとの協調)の強化である。

冷静な筆致によって実証的で説得的な議論が展開されている。小さな本であるが、歴史を学ぶことの醍醐味(「歴史とは現在と過去との対話」by E.H. カー)が全ページに満ち溢れているともに、目下声高に唱えられている地方分権の難しさを改めて痛感させられる。地方分権の根本思想として地方の自己決定・自己責任という考え方があるのなら、自己決定するために必要な資源(ヒト・モノ・カネ)をとことん搾り取られた地域に、果たしてまともな自己決定が可能なのだろうか? そのようにしてなされた自己決定の結果として地域間に著しい格差が生じても、それすらも自己責任の名のもとに正当化されてしまうのだろうか? そもそものスタートラインが違いすぎるのではないか?

裏日本―近代日本を問いなおす (岩波新書)

裏日本―近代日本を問いなおす (岩波新書)

評価:★★★★☆