十余年ぶりに東アジア研究を本気で再開させることにした。その幕開けを飾るのが本書である。
2月末に『イギリス保守主義の政治経済学』を公刊して、大学院進学以来の研究に一つの区切りをつけることができた。バークとマルサスを中心とした18世紀イギリス社会経済思想史の研究をやめるつもりはないが、単著をまとめるまで研究関心の拡散を禁欲的に自制していたことも事実なので、今後はその禁を解いて、自分の関心をもっと自由に解き放ちたいと考えている。
東アジア(中国・台湾)は、もともと中国語の勉強が大好きだったこともあり、学部時代以来の魅力的な研究対象だった。とはいえ、「好き」「興味がある」だけで意味ある研究成果を生み出すことは難しい。ゼロから始めたのでは最初のアウトプットまで何年かかるかわからない。過去の蓄積を活かせるテーマとして思い至ったのが、毛沢東との思想的対立によって失脚させられた(後に名誉回復)経済学者・馬寅初(1882-1982)の生涯と思想に関する研究である。人口抑制の必要性を説いた馬寅初は、多子を奨励した毛沢東とその一派から「ブルジョワ右派分子」「中国のマルサス」として厳しく批判された。馬寅初についての先行研究は皆無でないが、経済学史(マルサス)研究を踏まえたものではないから、こんな僕でも何かしら一つくらい新しいことが言えるはずだ。
「毛沢東と馬寅初」と題された本書の第2章第2節は、この馬寅初の生涯と思想を簡明にまとめてくれている。この節がきっかけで本書を手に取った。
本書は、全体として見れば、中国の人口政策の歴史・現状・問題点を現地調査に基づいて解説したものである。いわゆる「一人っ子政策」の採用とそれが中国社会にもたらした影響(急速な人口高齢化、旧式の老人扶養の揺らぎ)が中心的内容をなす。個人的には、大躍進と文化大革命、人民公社と生産責任制、農村戸籍と都市戸籍、郷鎮企業による農業余剰労働力の吸収といった(僕にとっては)懐かしい語句・論点を目にすることができて、東アジア研究の勘を取り戻すのに大いに役立った。
1994年に公刊された書物なので、それ以降についての叙述が欠けている。この点については他の書物によって補う必要があるが、中国の人口問題の概要を理解する上で便利な一冊であることは間違いないだろう。
- 作者: 若林敬子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1994/06/20
- メディア: 新書
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評価:★★★☆☆