乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか?』

大卒新人の離職率が上昇し続けている。2000年のデータでは、大卒入社3年以内に36.5%、実に3人に1人が辞めている。1992年は23%だったから、10年足らずの間に1.5倍に増えたことになる(p.28)。

なぜ若者は我慢できずに辞めてしまうのか?

著者によれば、それは決して彼らがわがままになったからではない。今日の我慢が未来に報われないこと、言い換えれば、中高年世代が自分たちの世代を踏み台にして既得権を固守しようとしていることに、彼らが気づき始めたからである。

問題の核心あるのは年功序列制度である。年功序列が若者の未来を奪っている。

年功序列制度は、本来、今日の我慢が未来により大きな果実をもたらしてくれることを約束してくれる。ただし、このシステムが順調に機能するには重要な前提条件がある。それは日本経済が成長し続け、(賃金が高く権限の強い)管理職のポストの数が拡大し続けることである。

しかし、日本経済を取り巻く環境はここ20年くらいの間に大きく変化した。成長の鈍化・停滞がもたらしたのは、数少ない管理職ポストの空席待ちに(その一つ下の序列の)30代から40代の社員たちによる長蛇の列ができている、何とも惨めな光景である(p.45)。下手をすると下働きの働き損で人生を終える危険性が高いことに、若者たちは気づき始めた。

こうして見ていくと、年功序列というシステムについて、いろいろなことが見えてくる。
まず、それは1990年代前半のあたりで実質的に崩壊していたという点だ。若い頃の成果を受け取ることのできなかったエンジニアや、抜擢や自己啓発とは無縁なまま、激しい選別の嵐にさらされるバブル世代を見れば、それがよくわかる。
だが同時に、依然として[年功序列という]レールが存在し続けているのも事実だ。それは世代間の歪んだ格差という形で若年層にのしかかり、彼らのモチベーションを奪っている。増え続ける新卒離職率の最大の原因は、まさにここにある。
また、その崩壊のプロセスを見れば、年功序列制度が持つ本性がうっすら見えてくる。それは、けっして万人に優しい制度などではない。レールの上に乗ることのできた人間にのみ優しく、乗れなかった人間を徹底的に踏み台にして走り続けるシステムなのだ。(pp.154-5)

多くの企業が依然として「新卒」と「既卒」との間に大きな壁を築いている事実が、この「人間に優しい」はずのシステムの「影」の部分を象徴している。

・・・年功序列システムの本質とはなんだろう。
ちょっと言葉は悪いが、それはひと言でいうなら“ねずみ講”だ。
80年代いっぱいは、経済全体が成長を続けていたからパイの取り分でもめなかっただけでの話で、いったん成長が陰ると、一気に矛盾が噴出したのだ。
いま、組織内でそれなりの序列に上った中高年たちは、なんとかして自分たちの取り分を守ろうと躍起になっている。
「若いうちは我慢して働け」と言う上司は、いわば若者をそそのかして人生を出資させているようなものだ。
だが、若者の貢献の多くは、年金同様、自分たちの将来受け取る待遇のために積み立てられるのではなく、先輩方を養うために使われるのだ。
・・・。
「自分たちは若いうちに頑張ったのだから。その分の報酬をいま受ける権利がある」と、年長者は言うかもしれない。そして、そのためには誰かに貧乏くじを引かせてもかまわないという論理だ。
なら逆もしかり。若者もまた、そんなものを背負わされる義務などないのだ。(pp.156-7)

このようなわけで、年功序列が日本社会に閉塞感をもたらしているわけだ。

成果主義がこうした閉塞感を打破してくれる救世主だと安直に期待してはならない。キャリアパスが一本しかない組織(日本の企業の大半が依存としてそうである)で成果主義が実行された場合、選抜基準は「年」から「功」へと変化するものの、運よく昇格できた人間以外はそこでキャリアを閉ざされ、未来を奪われてしまうことに変わりはない。これでは従来の年功序列制度と大して変わらない。「企業の明るい未来は従業員個人の明るい未来の累積」であり、「若者がそれを見出すには、キャリアパスの複線化以外にありえない」と著者は主張する。つまり、こういうことだ。従業員の目の前には、高い権限を含むマネージャーの道と高い専門性を持つプレーヤーの道の2つがあって、どちらに進むにせよ、報酬は地位や年齢に関係ない。つまり、エンジニアはエンジニアとして自分の技術を磨くことに専念し、営業マンは顧客との対話に集中することによって、自分の上司たちより高い報酬を得ることができる。日本企業が本気で成果主義を定着させようとするなら、こうした「キャリアパスの複線化」と組み合わせなければならない、と著者は提言している。(pp.56-62)

年功序列は人に優しい制度」「年功序列の頃はみんな幸せだった」という「あたりまえ」を根底から問い直す上で最適の一冊である。

ただし、本書がもっぱら論じているのは大卒の労働者についてなので、同じ若者世代でも低学歴層については別個の議論が必要であろう。

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

評価:★★★★☆