論文書きと引越しに忙殺され、一ヶ月以上も更新をサボてしまった。レヴューすべき書物が大量にたまっている。これから頑張って少しずつ更新してゆかねば。
さて…。
著者ロイ・ポーターは、惜しくも2002年に56歳の若さで死去した、近代ヨーロッパ社会史・文化史研究の第一人者。本書はそのポーターによる啓蒙主義の入門書(初版1990年、第2版2001年)である。目下手がけている論文「バークとマルサスにおける階層秩序と経済循環」に啓蒙思想と絡む叙述をもう少し増やしたいので*1、そのネタの収拾のために手に取った。
ポーターはピーター・ゲイが『啓蒙主義の一解釈』で採用した「理念の社会史」的アプローチを高く評価し、その批判的継承を目指している。ゲイが啓蒙主義の統一性――「啓蒙主義は、ひとつしかなかった」(p.6, 14)――を主張し、啓蒙主義をフランスの知的・文化的活動によって代表させるのに対して、ポーターは啓蒙主義の多様性、脱フランス中心主義を説き、多様性と統一性の両面把握の必要性を唱える。
[啓蒙主義が]人びとの目を覚まし、精神を変え、自分の頭で考えるように励ますことを目的とする運動だったとすれば、その結末も多様なものになることを覚悟しなければならない。(p.15)
カソリシズムの害悪、「封建的な」特権、検閲、唯物論を展開する必要。それらはあくまでフランスのフィロゾーフにとっての関心事であって、イタリアのナポリからスウェーデンのウプサラまで、イギリスのバーミンガムからロシアのペテルスブルクまでヨーロッパの思想家全体にとってそれが最大の関心事だったとみると、ひどく歪んだ啓蒙主義像を描くことになる。そうではなく、これからみるように、知識人はそれぞれの社会なり地域に密着した問題に取り組み、固有の文化の価値観に従いながら、「啓蒙的な」解決策を展開したのであった。(p.77)
聖書において啓示され、教会によって保証され、神学において合理化され、説教壇から説かれてきた、人間と社会と自然を理解するための聖書にもとづく来世志向の枠組みときっぱり手を切ること。啓蒙主義が本当の意味で急進的だったのはその点だったことは明らかと思われる。(p.104)
入門書としての完成度は非常に高い。詳細な参考文献目録も嬉しい。細かいところでは、モンテスキュー(pp.38-9, 44)やキャプテン・クック(pp.90-92)への評価に強い興味を覚えた。「高啓蒙主義⇔低啓蒙主義」という概念区分(p.8)も啓発力に富む。訳者の貢献も大きい。訳文はこなれており読みやすい。訳者解説・日本語文献案内も充実している。
ただ、スコットランド啓蒙思想を専門領域の一つとしている僕は、おのずから啓蒙主義をフランス中心で捉えないようになってしまっている。本書が強調する啓蒙主義の多様性、脱フランス中心主義は僕にとってもはや当たり前にすぎた。残念ながら「目からウロコ」の本ではなかった。入門書である以上、「ないものねだり」であることはわかっているのだが。
- 作者: ロイポーター,Roy Porter,見市雅俊
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2004/12/21
- メディア: 単行本
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評価:★★★★☆
*1:科研「啓蒙と経済学」の成果報告論文を兼ねるので。