乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

鈴木謙介『カーニヴァル化する社会』

著者は1976年生まれの若手社会学者。本書は2005年、29歳の時の著作である。本書に対しては驚くべき数の書評がネット上にアップされている。門外漢である僕が書くべきことはほとんど何も残されていないような気がしてならない。自分自身のためのメモとして、雑感を書き記すだけに留める。

一般向けの新書だが、僕にはかなり難解だった。十分に理解できていない箇所が多々ある。帯の惹句には「「二ート」の問題の本質をシャープに読み解く!!」とあるけれども、本書が「二ート」問題を主題としているようには思われない。*1本書の主題は、著者自身が記しているように、

私たちの生きる社会は・・・「祭り」を駆動原理にし始めているのではないか、と私は考え始めている。本書では、そうした祭りのメカニズムについて、様々な事例に分け入りながら明らかにしていきたい。(p.8)

今や、私たちの生は、明確な「動機」、目指すべき「理念」、依拠すべき統一的な「物語」を欠きつつある(p.9)。私たちの生が欲しているのは、瞬発的な盛り上がり(カーニヴァル、祭り)*2であり、それを可能にしてくれる材料(ネタ)さえあれば、内容は何であってもかまわない。

イラク人質被害者バッシング北朝鮮拉致被害者家族会バッシング、サッカー・ワールドカップ阪神優勝、折り鶴オフ、これらはすべて「祭り」の具体的事例である。*3最後の「折り鶴オフ」とは、広島平和記念公園において焼失した折り鶴を、みんなで折って届けようという企画で、その「祭り」のスローガンは「政治的信条は抜きにして」「グダグダ言わずに」「とにかく折れ!」というものだったらしい。

この祭りの間、興味深かったことは、続々と集まり始める折り鶴の数や、単純に、名も知れない者同士が集まって鶴を折っているということそれ自体を、「感動」の材料として喧伝するウィブサイトやフラッシュ・ムービーが多数登場したことだ。つまりそこで呼び出されている「感動」は、目標の達成に対して与えられる「結果」ではなく、それ自体が「目的」であるようなものなのである。
こうした「自己目的化した感動」が、カーニヴァル化の源泉となる・・・。(p.143)

このような社会のなかに生きる若者が語る「やりたいこと」とは、必然的に、「短期的でかつ暫定的な、一瞬の盛り上がりによってしか得られない漠然としたもの」(p.48)にならざるをえない。彼らが社会人として長く働いていこうと思えば、一瞬の盛り上がり(ハイ・テンション)が何度でも訪れるような、不断の自己分析を自身に課さなければならなくなる(pp.48-9)。まさにこの点において著者は「カーニヴァル化する社会」と「二ート」問題を接続している。

「ハイ・テンションな自己啓発」(=いつか本当にやりたいことを見つけるんだ!)と「宿命論」(=やりたいことなんか見つからないんだ)*4の間を右往左往しながら、暫定的な社員だったり、フリーターだったり、無業者だったりするというのが、若者の雇用を巡る問題の構図なのではないか。
言ってみれば現代の若者は、勤労に際して(比喩的な意味での)不断の「躁鬱状態」に置かれている。(pp.51-2)

自分は何がしたいのだろう? 自分は何を欲望しているのだろう? Amazonの「おすすめ商品」が典型的なように、私たちは購入履歴のデータから引き出された「傾向」に従って、次に購入すべき商品を「欲望」するようになってきている。私たちは自分自身についてのリアリティ(躁状態)をデータベースへの問い合わせによって維持するようになってきている。「データベースへの問い合わせによって、自身が欲望するものをアルゴリズム的に提出してもらい、その結果に対して人間的な理由を見いだすことによって、それを「ハイ・テンションな自己啓発」の材料」(p.96)とし続けている。

おそらく、著者の現代社会(「監視社会」と呼ばれる)に対する認識は以上のようにまとめられるだろう。本書で述べられているのは、あくまで社会や自己の仕組み(メカニズム)である。「どうなっているか」であって、「どうするべきか」ではない。

「あとがき」において、「本書を通じて流れているテーマは、私たちはなぜ、ありもしない「何か」に向けて必死になり、突然空気が抜けるように萎えてしまうのか、ということだったように思える」(p.172)と述べられているが、この問いに対してははっきりとした答えが提出されているように思う。その意味では本書は決して難解ではない。しかし、随所に挿入されている社会学理論についての解説は、門外漢の僕にとって、相当に難解なものであった。*5

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

評価:★★★★☆

*1:僕が持っているのは第一刷。「はまぞう」の画像を見るかぎり、増刷の際に帯の惹句が書き換えられた模様。

*2:⇒繋がりうること

*3:おそらくブログの「炎上」なども。

*4:東浩紀動物化

*5:ただし、フーコーの監視社会論の解説(pp.67-70)はとてもわかりやすく、大いに勉強になった。