乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

福田和也『バカでもわかる思想入門』

新潮45』誌上の連載(「おばはんでもわかる」シリーズ「思想・哲学篇」)をまとめたもの。帯の惹句には「万巻の書のエッセンスを1冊の本に集約し、世界を代表する12の思想がらくらくと知ったかぶりできる決定版!」とある。

その12の思想とは、マルクス資本論』、孫子孫子』、プラトン『饗宴』、親鸞歎異抄』、ルソー『エミール』、孟子孟子』、ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』、新渡戸稲造『武士道』、フロイト『夢判断』、世阿弥風姿花伝』、ニーチェツァラトゥストラ』、ハイデッガー存在と時間』である。選択基準は不明。章ごとに思想解説の濃淡の差が大きいことからして、著者の思い入れが特に強い12冊というわけでもなさそうだ。

プラトンニーチェの章はかなり秀逸な出来ばえ。「プラトンキリスト教」、「ニーチェボードリヤール」の流れの整理は見事だ。自分の授業でも使えそう。しかし、『風姿花伝』については、思想それ自体の解説にさほどページ数が割かれず、世阿弥の人間関係をめぐるエピソードが大半を占める。ケインズの章に関しては、著者が文学部出身のためなのか、初歩的な事実誤認や曖昧な表現が散見される。*1著者の博覧強記には敬意を表するが*2、少々欲張りすぎたのではないか。

もっとも、各章の導入部分のベタベタなギャグには大いに笑わせてもらった。普段日本思想や中国思想に触れる機会の少ない僕には、それらに触れる貴重な機会であり、その意味でも楽しめた。『孟子』『孫子』に興味を持つようになった。「必読!」とは言わないが、僕自身は読んでよかった。

バカでもわかる思想入門

バカでもわかる思想入門

評価:★★★☆☆

*1:例えば、「ルーベン」(p.131)は「ルーカス」の間違いであろう。

*2:「二人の孫子」「東本願寺vs.西本願寺」などの雑学は読んでいて楽しい。各章末の「もう一歩知りたい人のためのブックガイド」はよくできている。