乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

香山リカ『結婚がこわい』

香山リカさんは『・・・がこわい』というタイトルの本をすでに4冊公刊している。公刊順に記すならば、『就職がこわい』(講談社、2004年2月)、『結婚がこわい』(講談社、2005年3月)、『老後がこわい』(講談社現代新書、2006年7月)、『セックスがこわい』(筑摩書房、2008年3月)である。*1最後の2冊は未読であるが、『就職がこわい』は3期・4期のゼミでテキストとして使用したことがあり*2、活発な議論を喚起してくれる良書であった。そして、このたび『結婚がこわい』が7期ゼミのテキストとして使用されることになった。

著者は就職しないことと結婚しないこととの間に同質の問題を見ている。タイトルにもあるように、「こわい」すなわち「不安」という問題だ。どちらの問題の根底にも、大きすぎる予期不安が目先の問題を先送りさせるという心理的カニズムがある。予期不安が大きくなるのは、結婚への「足かせ」――「自分の問題」「親の問題」「女どうしの問題」「国策の問題」など――ばかりを過度にクローズアップする現代社会の風潮ゆえのことだ。その結果、結婚のイメージは「したい」というポジティブなものから「しなければたいへんなことになる」というネガティブなものへと大きく変わってしまった。

「希望・夢」から「脅し」へ、というこのイメージの大転換こそが、若い世代を結婚から遠ざけるいちばんの要因になっているのではないだろうか。(p.53)

執筆する前からわかっていたことだが、本書の結論はただひとつ、「『結婚』を『足かせ』からはずし、私だけの手に取り戻そう」ということだ。もっと極端な言い方をすると、「『結婚』を純粋な愛の行為にしよう」ということかもしれない。今のままでは「足かせ」の部分ばかりが目立ちすぎ、肝心の「この人と愛のある生活を送りたいか」といった要素の優先順位は大きく下がっている。(p.233)

「・・・べき」「・・・ねばならない」への過度なとらわれが、さまざまな精神疾患の原因だと一般的に認められている以上、精神科医である著者がこうした結論に至るのは、ある意味、あたりまえかもしれないな。

結婚がこわい

結婚がこわい

評価:★★★☆☆

*1:なお、タイトルに「こわい」がついていないが、2004年5月には『恋愛不安』なる著作が公刊されている。

*2:「乱読ノート」にも感想を記している。旧「乱読ノート」2004年6月 http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nakazawa/reading2004.htm