経済思想史を専攻する研究者でありながら、本書を読むまで、本書の主人公である大原孫三郎(1880-1943)と大原社会問題研究所との関係について、まったく何も知らなかった。自分の無知を恥じるばかりだ。
本書は倉敷紡績や倉敷絹織(現在のクラレ)などの社長を務めた実業家・大原孫三郎の生涯を描いた評伝である。孫三郎は、地方の一紡績会社を有数の大企業へと成長させたばかりでなく、従業員の生活向上のための努力も惜しまなかった。彼は生涯を通じて「労働者と資本家とがそれぞれ人格を認め合い、友人となれる社会」(pp.161-2)の実現という理想を追求し続けた。「会社は資本家が労働者を使う場所ではない。労働者と資本家が共にそこで働き、利益を得る場所である。だから、そこでは互いに同等であり、話し合いもし、気持を通わさねばならない」(p.141)というのが彼の持論であった。
また、孫三郎は文化・社会事業にも熱心で、倉敷中央病院、大原美術館、大原社会問題研究所などを設立した。どんなに批判されても、「金は使うためにあるのであって、人は金に使われるために在るのではない」(p.115)、「余がこの資産を与へられたのは、余の為にあらず、世界の為である」(p.116)という信念を曲げなかった。「わしの眼は十年先が見える」が彼の口癖だった。
このような孫三郎の精神は、孫三郎の遺した「いちばんの傑作」である息子・總一郎に引き継がれた。
本書は、城山の代表作と言いうるほどクオリティの高いものとは思われないが、いかにも城山らしい作品であることは間違いない。 本書に限った話ではないが、主人公が「大義(理想)」とどのように向き合って生きてきたかは、城山が主人公を描く際の最重要ポイントの一つだったのではなかろうか。実際、本書が孫三郎の大義を貫いた生き方への共感にあふれているのに対して、『彼も人の子 ナポレオン』では、若き日の大義をかなぐり捨てたナポレオンを冷淡な筆致で描いており、両者はまるで双子のような作品である。*1
- 作者: 城山三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1997/05/01
- メディア: 文庫
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