乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

2009-01-01から1年間の記事一覧

森真一『ほんとはこわい「やさしさ社会」』

8期ゼミのテキストとして読んだ。「やさしさ」が対人関係のルールとして最優先されているために、逆説的に、「しんどさ」と「こわさ」に満ちてしまっている現代日本社会。本書はその逆説のメカニズムを社会学の手法で明らかにしている。著者によれば、「やさ…

伊丹敬之『創造的論文の書き方』

本書は論文・レポートの書き方についての「マニュアル」「ノウハウ本」では断じてない。「研究者の仕事=創造的な論文を書くこと」を前提としつつ、創造的な論文の本質的要件を考察することを通じて、研究者(社会科学者)に必要とされる心がけ(研究者とし…

安部徹也『メガヒットの「からくり」』

企業が行っているマーケティングや商品開発に関する本は、あくまで趣味の読書の域を出ないけれども、比較的たくさん読んでいるほうだと思う。「この商品の大ヒットの裏にはこんな涙ぐましい努力があったのか!」と感嘆させられることが多い。結果だけ見れば…

田中央『商品企画のシナリオ発想術』

7期ゼミのテキスト。富士写真フイルム*1在職中に「写ルンです」のコンセプト開発に携わった著者が、シナリオライティングによる商品企画の発想技法を、豊富な事例にもとづきながら、初心者にもわかりやすく解説する。本書のキーワードは、「三不(不満・不安…

杉原四郎『J・S・ミルと現代』

第一人者の手によるJ・S・ミルの生涯と思想(特に経済思想)についての平易な解説書である。ミル思想の解説書は数多く出版されているが、『経済学原理』に十分なページを割いたものは案外少なく、この点において本書の価値は公刊から30年近い歳月を経ても…

鈴木亮・鬼頭明成・二谷貞夫『中・高校生のための中国の歴史』

タイトル通り、中・高校生向けに書かれた中国史の概説書である。古代黄河文明から人民中国(江沢民政権)にいたるまでの六千年の歴史が文庫本一冊の中にコンパクトにまとめられている。これはほとんど力技と言ってもよいだろう。高校世界史の参考書と違って…

上村幸治『中国のいまがわかる本』

著者は元毎日新聞中国総局長で、現在獨協大学外国語学部教授。本書はそんな著者が中学・高校・大学初年次生向けに書いた「現代中国論」(著者の担当科目)の入門書である。中国における愛国主義(反日?)教育の現状の報告を基軸としながら、中国の近現代史…

中島義道『ひとを〈嫌う〉ということ』

8期ゼミのテキスト。HYSさんが選んでくれたもの。「脱常識の社会経済学――「あたりまえ」を問いなおす――」というゼミのテーマにぴったりマッチしており、しかも学部ゼミ生が親近感をもって読める内容(+気軽に買える値段)の書物は、本書以外にそれほど見当…

国分良成『中華人民共和国』

東アジア(中国)の勉強を本格再開させて2冊目に手に取ったもの。著者は慶大法学部教授で、現代中国・政治外交を専門としている。200ページほどの小著ながら、「中華人民共和国」という国の過去・現代・未来がたいへん要領よくまとめられている。専門家が読…

若林敬子『中国 人口超大国のゆくえ』

十余年ぶりに東アジア研究を本気で再開させることにした。その幕開けを飾るのが本書である。2月末に『イギリス保守主義の政治経済学』を公刊して、大学院進学以来の研究に一つの区切りをつけることができた。バークとマルサスを中心とした18世紀イギリス社会…

田村明子『知的な英語、好かれる英語』

自分のゼミ生にイギリス(エディンバラ)留学時*1の話をすると、決まったように「英語ペラペラですか?」という質問をぶつけられる。日本人の多くは、「英語を使って仕事している」などと聞くと、たちまち「英語が流暢に話せる」状態を連想してしまうようだ…

内田樹『下流志向』

面白かった。教育・労働・格差についてここ数年僕自身が考え続けていたこと*1のほとんどすべてを、僕自身よりも明快な言葉で代弁してくれていたのだから。読了後、便秘から解放された時のような爽快感に全身が包まれた。腑に落ちた。よく売れた本だけあって…

キム・ジョンキュー『英語を制する「ライティング」』

韓・日・英の3か国語を自由自在に操るハーバード大卒の韓国人ビジネスマンが日本語で書いた「最強の英語習得法」指南書。真の英語力とは何か? 著者によれば、それは「書く」力である。「話す」「聞く」「読む」といった他のスキルは、「書く」能力の副産物…

阿部謹也『北の街にて』

故・阿部謹也さんの小樽時代の回想記。このたび僕が読んだのは1995年に公刊されたハードカヴァーだが、現在は『北の街にて―ある歴史家の原点 (洋泉社MC新書)』との表題(副題が追加)で洋泉社から新書として再刊されている。阿部さんは1965年に小樽商科大学…

城山三郎『花失せては面白からず』

我が国の経済小説のパイオニア・城山三郎さんは、もともと、愛知学芸大学で教鞭をとっていた経済学者(「景気論」担当)・杉浦英一(本名)であった。その城山さんの学生(一橋大学)時代のゼミナールの指導教員が理論経済学の山田雄三教授(福田徳三の弟子…

池田清彦『環境問題のウソ』

2009年2月16日現在、amazon.co.jpには何と40本ものレヴューが本書に対して寄せられている。星5つが12本、4つが13本、3つが4本、2つが3本、1つが8本。毀誉褒貶相半ばする問題作の様相を呈している。しかし、当たり前のことかもしれないが、評する側がもともと…

根井雅弘『経済学はこう考える』

僕は根井氏の著作の熱心な読者でない。30冊を優に超える著作の中で僕が読むことのできたのは10冊程度である。そのことをあらかじめお断りした上で、大雑把な感想を記させていただく。本書はこれまで根井氏が書かれた作品の中で最も良質なものの一つであるよ…

秋山をね・菱山隆二『社会責任投資の基礎知識』

「社会責任投資(SRI:Socially Responsible Investment)」*1とは、企業を収益性ばかりでなく倫理性(法令遵守・環境への配慮・人権への配慮・雇用確保・情報開示の透明性など)からも評価して、倫理的に「誠実な企業」を投資を通じて応援していこうとする活…

鷲田清一『京都の平熱』

「京都に復帰したら最初に読もう」と前々から決めていた。良かった。すごく良かった。哲学者・鷲田清一さん*1が自分の生まれ育った京都の街を(市内中心部を一周する)市バス206系統に乗って案内してくれる。名所やグルメの案内ではない。沿線の「平熱(日常…

阿部謹也『大学論』

著者は言わずと知れたドイツ中世史研究の大家。2006年に惜しまれつつご逝去された。僕はその著作を学部・院生時代に好んで読んだ。特に『自分のなかに歴史をよむ』という著作が大好きで、大学教員として教壇に立った最初の年(1998年)、1年生配当の入門科…

姜尚中『在日』

本書は、在日コリアン二世である著者の自伝であり、著者自身の言葉を借りるならば、「ひとりの「在日」二世の誕生と成長、ためらいと煩悶の歴史」(p.228)を綴ったものである。この種の本は著者の望むように読まれない場合のほうが多いのではないか。著者自身…

城山三郎『部長の大晩年』

正月休みを利用して一気に一日で読み終えた。経済小説の大家が手がけた俳人・永田耕衣(1900-97)の評伝である。僕の俳句への造詣はほぼ無に等しく、永田の名前も本書を手に取るまで知らなかった。そんな僕が本書を手に取ったきっかけは、城山作品であり、し…